・・・維新の際南部藩が朝敵にまわったため、母は十二、三から流離の苦を嘗めて、結婚前には東京でお針の賃仕事をしていたということである。こうして若い時から世の辛酸を嘗めつくしたためか、母の気性には濶達な方面とともに、人を呑んでかかるような鋭い所がある・・・ 有島武郎 「私の父と母」
・・・わしい、お最惜い……と、てんでに申すんですが、御神体は格段……お仏像は靴を召さないのが多いようで、誰もそれを怪まないのに、今度の像に限って、おまけに、素足とも言わない、跣足がお痛わしい――何となく漂泊流離の境遇、落ちゅうどの様子があって、お・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・けれど、そこにある美は全く感性的な情趣的なもので、主題は人間精神の成長の問題よりむしろ、稚い日の恋の淡く忘れがたい思い出をのこして流離してゆく浮世のはかなさというものの風情の上におかれているのである。女性としての人間精神の確立ということにつ・・・ 宮本百合子 「若き精神の成長を描く文学」
出典:青空文庫