・・・ ……『昨日のことは夫の罪にては無之、皆浅はかなるわたくしの心より起りしこと故、何とぞ不悪御ゆるし下され度候。……なおまた御志のほどは後のちまでも忘れまじく』………」 Y中尉は手紙を持ったまま、だんだん軽蔑の色を浮べ出した。それから無愛・・・ 芥川竜之介 「三つの窓」
・・・撫子 その奥様と言われるのを、済まない済まない、勿体ない、と知っていながら、つい、浅はかに、一度が二度、三度めには幽に返事をしていました。その罰が当ったんです。いまの庖丁が可恐い。私はね、南京出刃打の小屋者なんです。娘二人顔を見・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・ 予はなお懇切に浅はかなことをくり返してさとした。しかし予は衷心不憫にたえないのであった。ふたりの子どもはこくりこくり居眠りをしてる。お光さんもさすがに心を取り直して、「まァかわいらしいこと、やっぱりこんなかわいい子の親はしあわせで・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・かの女の浅はかな性質としては、もう、国府津に足を洗うのは――はたしてきょう、あすのことだか、どうだか分りもしないのに――大丈夫と思い込み、跡は野となれ、山となれ的に楽観していて、田島に対しもし未練がありとすれば、ただ行きがけの駄賃として二十・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・然しそうだとは決して思えないのです。浅はかな気がします。 女の髪も段々堪らないのが多くなりました。――あなたにお貸しした化物の本のなかに、こんな絵があったのを御存じですか。それは女のお化けです。顔はあたり前ですが、後頭部に――その部分が・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・信仰を古いもの不要のものとして捨てて、かえりみないということは本当に浅はかなことなのである。 また信仰をモダンとか、シイクとかいうような生活様式の趣味や、型と矛盾するように思ったり、職業上や生活上の戦いの繊鋭、果敢というようなものと相い・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・なるほど、火、火とのみ云って、火の芸術のみを難儀のもののように思っていたのは浅はかであったと悟った。「なるほど。何の道にも苦しい瀬戸はある。有難い。お蔭で世界を広くしました。」と心からしみじみ礼を云って頭を畳へすりつけた。中村も悦ば・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・人間はみな同じものだなんて、なんという浅はかなひとりよがりの考え方か、本当に腹が立ちます。それは、あのお方が十七歳になられたばかりの頃の事だったのですが、おからだも充分に大きく、少し、伏目になってゆったりとお坐りになって居られるお姿は、御所・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・われわれ人間の浅はかな知恵などでは到底いつまでたってもきわめ尽くせないほど不思議な真言秘密の小宇宙なのである。それが、どうしてこうも情けない、紙細工のようなものにしか描き現わされないであろう。それにしても、ずっと昔私はどこかで僧心越の描いた・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・尤も科学者の中には往々そういう大事な根本義を忘れて、自分の既得の知識だけでは決して不可能を証明することの出来ない事柄を自分の浅はかな独断から否定してしまって、あとでとんだ恥をかくという例もあえて稀有ではない。こうした独断的否定はむしろ往々に・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
出典:青空文庫