・・・その時分私は放縦な浪費ずきなやくざもののように、義姉に思われていた。 私はどこへ行っても寂しかった。そして病後の体を抱いて、この辺をむだに放浪していた、そのころの痩せこけた寂しい姿が痛ましく目に浮かんできた。今の桂三郎のような温良な気分・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・をえざるに至れり、彼二婆さんは余が黄色の深浅を測って彼ら一日のプログラムを定める、余は実に彼らにとって黄色な活動晴雨計であった、たまた※降参を申し込んで贏し得たるところ若干ぞと問えば、貴重な留学時間を浪費して下宿の飯を二人前食いしに過ぎず、・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・今の官立校とて、いたずらに金円を浪費乱用するというには非ざれども、事の官たり私たるの別によりて、費用もまたおのずから多少の差あるは、社会にまぬかれざるところにして、世人の明知する事実なれば、今回もし幸にして官私の変革あらば、国庫より見て学校・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・だから物を浪費しないことは大切なことなのだ。但し穀作や何かならばそんなにひどく虫を殺したりもしないのだ。極端な例でだけ比較をすればいくらでもこんな変な議論は立つのです。結局我々はどうしても正しいと思うことをするだけなのだ。」 拍手が起り・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・じっと心を守り、余分な精力と注意は一滴も他に浪費しないように、念を入れ心をあつめて、ペンならペン、絵筆なら絵筆を執るべきでしょう。 恋愛に対してもそうであろうと思われます。決して卑しく求むべきではないし、最上とか何とか先入的な価値の概念・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
・・・あれをよむと、おそろしいような生々しさで、子供だったゴーリキイの生きていた環境の野蛮さ、暗さ、人間の善意や精力の限りない浪費が描かれている。その煙の立つような生存の渦のなかで、小さいゴーリキイは、自分のまわりにどんな一冊の絵本ももたなかった・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・その客観のうすら明りのなかに、何とたくさんの激情の浪費が彼女の周囲に渦巻き、矛盾や独断がてんでんばらばらにそれみずからを主張しながら、伸子の生活にぶつかり、またそのなかから湧きだして来ていることだろう。「伸子」で終った一巡の季節は、「二・・・ 宮本百合子 「あとがき(『二つの庭』)」
・・・作者は計らずも、自身にとってその害悪の実感される環境において、人間性の浪費の悲劇を描いたのだった。「三郎爺」は一九一七年にかかれた。「古き小画」とは数年をへだてている。それにもかかわらず、一つの面白い共通点がある。作者はこの二つの作品の・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・それはそういう立場におちいった作家たちにしろ、あれだけ深刻な戦争の現実の一端にふれ、国際的なひろがりの前で後進国日本の痛切な諸矛盾を目撃し、日に夜をつぐいたましい生命の浪費の渦中にあったとき、一つ二つ、あるいは事態そのものについて、一生忘ら・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
・・・諸大名に対する密偵制度、抑圧制度は実にゆき届いていたから、分別のある諸大名は、世襲の領地を徳川から奪われないために、中傷をさけるための工夫に、自分たちの分別の最も優秀な部分を浪費した。余り賢くあること、余り英邁であること、それさえも脅威をも・・・ 宮本百合子 「木の芽だち」
出典:青空文庫