・・・わずか数浬の遠さに過ぎない水平線を見て、『空と海とのたゆたいに』などと言って縹渺とした無限感を起こしてしまうなんぞはコロンブス以前だ。われわれが海を愛し空想を愛するというなら一切はその水平線の彼方にある。水平線を境としてそのあちら側へ滑り下・・・ 梶井基次郎 「海 断片」
一 大正十二年のおそろしい関東大地震の震源地は相模なだの大島の北上の海底で、そこのところが横巾最長三海里、たて十五海里の間、深さ二十ひろから百ひろまで、どかりと落ちこんだのがもとでした。 そのために・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・この海峡は大洋から瀬戸内海に通ずる入口の中で一番広いから内海に出入りする海水も主にここから出入りするので、潮流もなかなか早く通例一時間三、四海里くらいの速度であります。このような流れが海の底の敷居を越える時には、丁度橋杙などの下流が掘れくぼ・・・ 寺田寅彦 「瀬戸内海の潮と潮流」
・・・今では発動機船に冷蔵庫と無電装置を載せて陸岸から千海里近い沖までも海の幸の領域を拡張して行った。 魚貝のみならずいろいろな海草が国民日常の食膳をにぎわす、これらは西洋人の夢想もしないようないろいろのビタミンを含有しているらしい。また海胆・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
出典:青空文庫