・・・もし誤って無思慮にも自分の埓を越えて、差し出たことをするならば、その人は純粋なるべき思想の世界を、不必要なる差し出口をもって混濁し、なんらかの意味において実際上の事の進捗をも阻礙するの結果になるだろう」と。この立場からして私は何といっても、・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・さればこそ混濁された色が流行するようになって来た。かの海老茶袴は、最もよくこれ等の弱点を曝露して居るものといわねばならぬ。 また同じ鼈甲を差して見ても、差手によって照が出ない。其の人の品なり、顔なりが大に与って力あるのである。 すべ・・・ 泉鏡花 「白い下地」
・・・冷々然として落着き澄まして、咳さえ高うはせず、そのニコチンの害を説いて、一吸の巻莨から生ずる多量の沈澱物をもって混濁した、恐るべき液体をアセチリンの蒼光に翳して、屹と試験管を示す時のごときは、何某の教授が理化学の講座へ立揚ったごとく、風采四・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・なんという雑多な溷濁だろう。そしてすべてそうしたことが日の当った風景を作りあげているのである。そこには感情の弛緩があり、神経の鈍麻があり、理性の偽瞞がある。これがその象徴する幸福の内容である。おそらく世間における幸福がそれらを条件としている・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・しかし、それは、金魚鉢に金魚藻を投入したときの、多少の混濁の如きものではないかと思われる。 それでは、私は今月は何を言うべきであろうか。ダンテの地獄篇の初めに出てくるあのエルギリウスとか何とかいう老詩人の如く、余りに久しくもの言わざりし・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・この偏光の度や配置を種々の天候の時に観測して見ると、それが空気の溷濁を起すようないわゆる塵埃の多少によって系統的に変化する事が分る。 この偏光の研究を更につきつめて行って、この頃では塵のない純粋なガスによって散らされる光を精細に検査し、・・・ 寺田寅彦 「塵埃と光」
・・・これはたぶんまつ毛のためやまた眼球光学系の溷濁のために生ずるものかと思われる。それで、事によると「火の玉」の正体がこれであったかもしれないとも思われる。しかしこれだとすると、たいていは光芒射出といったようなふうに見えるのであって、どうも「火・・・ 寺田寅彦 「人魂の一つの場合」
・・・次には海水自身を区別してその塩分の多少、混濁物や浮遊生物の多少などによっての差を考えねばならない。また海面の静平であるか波立っているかによって如何なる相違があるかという事も考えねばなるまい。これだけの区別をしてもまだ問題は曖昧である。光線が・・・ 寺田寅彦 「物理学の応用について」
・・・ 不思議な事には巻物の初めの方に朽ち残った絵の色彩は眼のさめるほど美しく保存されているのに、後の方になるほど絵の具の色は溷濁して、次第に鈍い灰色を帯びている。 絵巻物の最後にある絵はよほど奇妙なものである。そこには一つの大きな硝子の・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・感覚的表徴は悟性によりて主観的制約を受けるが故に混濁的清澄を持つほど貴い。だが、官能的表徴は客観によりて主観的制約を受けるが故に清澄性故の直接清澄を持つほど貴重である。前者は立体的清澄を後者は平面的清澄を尊ぶ。新感覚が清少納言に比較して野蛮・・・ 横光利一 「新感覚論」
出典:青空文庫