・・・全く、婆さんだけの家というのは、何故変に湿っぽいようで、線香のような煎薬のような一種の臭いが浸みついているのだろう。志津は、或る人の世話になって、退屈勝な毎日を送っていた。他に身寄りもないので、彼女は喋りに来るのであったが、天気のどんなによ・・・ 宮本百合子 「街」
・・・ 五月二十日 雨もよいの湿っぽい午後 五時前 曇天の下に目の前の新緑はぼさぼさと見えた。 大工の働いている新築の工事場で 全体の光景がいつもより手近に見え しめりをふくんで/しめっぽく 新しい木の匂い、おがく・・・ 宮本百合子 「窓からの風景(六月――)」
・・・地面の湿っぽい香と秋日和の草の匂いとが混ってある。 みのえは、涙を落しそうな心持で、然し泣かずそこに足をなげ出して虫や草を眺めていた。少し病気になったようにみのえは奇妙な心持であった。母親も油井もいやで、がっかりして、風も身に沁みる、空・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
出典:青空文庫