・・・数艘、漁船が引上げられ、干されている。彼等はその辺から村の街道へ登るわけだ。跟いて来た犬は、別れが近づいたのを知ったように、盛にその辺を跳ね廻った。父の手許にとびつくようにする。父は周章てて包みを高くさし上げ体を避けようとする拍子に、ぎごち・・・ 宮本百合子 「海浜一日」
・・・その傍を通り過た漁船、裸の漁師の踏張った片脚、愕きでピリリとしたのを遠目に見た。自分、段々段々その死んで漂って行った若い男が哀れになり、太陽が海を温めているから、赤い小旗は活溌にひらひらしているから、猶々切ない心持であった。夜こわく悲しく、・・・ 宮本百合子 「狐の姐さん」
・・・ 湘南あたりの浜で、漁船が出てゆくときまたかえって来たとき、子供もいれてそのまわりに働く女の様子も印象にきざまれている。 ヤアヤアというような懸声で舟のまわりにとりついてそれを押し出してゆくときの海辺の妻や娘たちの声々。それからまた・・・ 宮本百合子 「漁村の婦人の生活」
・・・ まだ三※日がすまないので、漁船は皆浜に上って居て、胴の間に船じるしの「のぼり」と松が立ててあるその下で、「あさぎ地」に赤で、裾模様のある、あの漁師特有の「どてら」の様なブワッとしたものを着た、色のまっ黒な男が、「あみ」をつくろったり、・・・ 宮本百合子 「冬の海」
出典:青空文庫