・・・ホガースやドーミエーからは享楽の影に潜む恐ろしさを味わわされる。ハインリヒ・クライの怪奇画からは文明の背後に隠れた災厄の悪魔の呼吸を感じさせられる。バンベリーの「新兵」の絵を見ていれば可笑しいよりは泣きたくなる。ジャン・ヴェヴェーの「銭投げ・・・ 寺田寅彦 「漫画と科学」
・・・から出発して、笑いの生理と心理の中間に潜むかぎを捜そうとするのであるが、ベルグソンはすっかり生理を離れて純粋な心理だけの問題を考えているのである。 ベルグソンの与えている種々な笑いの場合で私のいわゆる「仮説」とどうしても矛盾するようなも・・・ 寺田寅彦 「笑い」
・・・強いて合わぬ目を合せて、この影を追わんとすれば、いつの間にかその人の姿は既に瞼の裏に潜む。苦しき夢に襲われて、世を恐ろしと思いし夜もある。魂消える物の怪の話におののきて、眠らぬ耳に鶏の声をうれしと起き出でた事もある。去れど恐ろしきも苦しきも・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・羽なくして空に翔るべし、鰭なくして海に潜むべし。音なくして音を聴くべく、色なくして色を観るべし。かくのごとくして得来たるもの、必ず斬新奇警人を驚かすに足るものあり。俳句界においてこの人を求むるに蕪村一人あり。翻って芭蕉はいかんと見ればその俳・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・乾坤を照し尽す無量光埴の星さえ輝き初め我踏む土は尊や白埴木ぐれに潜む物の隈なく黄朽ち葉を装いなすは夜光の玉か神のみすまるか奇しき光りよ。常珍らなるかかる夜は燿郷の十二宮眼くるめく月の宮瑠璃・・・ 宮本百合子 「秋の夜」
・・・ 人は、自分の裡に未だ顕われずに潜む多くの力の総てを出し切る機会を持たなければ、其等力の実値を体験する事は出来ない。 人は結婚によって、少くとも或種の力を自覚させられ、其に就て考慮と反省とを与えられると思う。情慾の力強さ、其の持つ歓・・・ 宮本百合子 「黄銅時代の為」
・・・昔、仏像の製作者が、先ず斎戒沐浴して鑿を執った、そのことの裡に潜む力は、水をかぶり、俗界と絶つ緊張の中に存するのではなく、左様にして後、心を満たし輝かす限りないポイズの裡にあるのではないだろうか。〔一九二一年十二月〕・・・ 宮本百合子 「透き徹る秋」
・・・ すぐ前後の社会的事情を考え、母の心持に潜むものを感じ、父上に気の毒のような、単純さが滑稽のような心持になった。 本当に親は子を愛す。然し子を殺すものも親だ。 宮本百合子 「一九二三年冬」
・・・しかし献身のうちに潜む反抗の鋒は、いちとことばを交えた佐佐のみではなく、書院にいた役人一同の胸をも刺した。 ―――――――――――――――― 城代も両奉行もいちを「変な小娘だ」と感じて、その感じには物でも憑いているので・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・ 芸術は上辺の思量から底に潜む衝動に這入って行く。絵画で移り行きのない色を塗ったり、音楽が chromatique の方嚮に変化を求めるように、文芸は印象を文章で現そうとする。衝動生活に這入って行くのが当り前である。衝動生活に這入って行・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
出典:青空文庫