・・・その代り、葡萄糖やヴィタミン剤も欠かさず打って、辛うじてヒロポン濫用の悪影響を緩和している。 新吉は左の腕を消毒すると、針を突き刺そうとした。ところが一昨日から続けざまにいろんな注射をして来たので、到る所の皮下に注射液の固い層が出来て、・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・もっとも中には、実際に、単に素材のみならず、その造型構成のイデーまでも弟子の独創によってできあがったものを、先生が、先生であるというだけの特権を濫用してそっくりわが物にして涼しい顔をする場合もないとは言われないが、またそうでない場合がずいぶ・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・場合によってはむしろ学者を濫用し科学の進歩を妨げるような結果になる事がないとは限らないように思う。これはよほど慎重に考えてみなければならないかなり大事な問題である。 学者の中にも科学の応用に興味を有ち、その方面に特別の天賦を具えている人・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・物理学上の言葉の濫用かもしれぬ。しかしまじめな物理学上の事がらでエントロピーや温度の考えを拡張して行く余地は充分にあるように思われる。すなわちどこでも molekular ungeordnet の状態が入り込んで来る所には、これらの観念の幅・・・ 寺田寅彦 「時の観念とエントロピーならびにプロバビリティ」
・・・物を打つ音、物を敲く音、物の転がる音は皆活力の濫用にして余はこれがために日々苦痛を受くればなり。音響を聞きて何らの感をも起さざる多数の人我説をきかば笑うべし。されど世に理窟をも感ぜず思想をも感ぜず詩歌をも感ぜず美術をも感ぜざるものあらば、そ・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・学の原理に依頼して毫も人工を弄せざるの意なり、人をもよけず馬をも避けず水火をも辞せず驀地に前進するの義なり、去るほどにその格好たるやあたかも疝気持が初出に梯子乗を演ずるがごとく、吾ながら乗るという字を濫用してはおらぬかと危ぶむくらいなもので・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・もし人格のないものがむやみに個性を発展しようとすると、他を妨害する、権力を用いようとすると、濫用に流れる、金力を使おうとすれば、社会の腐敗をもたらす。ずいぶん危険な現象を呈するに至るのです。そうしてこの三つのものは、あなたがたが将来において・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・漫に嫉妬なる文字を濫用して巧に之を説き、又しても例の婦人の嫉妬など唱えて以て世間を瞞着せんとするも、人生の権利は到底無視す可らざるものなり。 然るに男尊女卑の習慣は其由来久しく、習慣漸く人の性を成して、今日の婦人中動もすれば自から其権利・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・今の官立校とて、いたずらに金円を浪費乱用するというには非ざれども、事の官たり私たるの別によりて、費用もまたおのずから多少の差あるは、社会にまぬかれざるところにして、世人の明知する事実なれば、今回もし幸にして官私の変革あらば、国庫より見て学校・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・その洒堂を誨えたるもこれらの佳作を斥けたるにはあらで、むしろその濫用を誡めたるにやあらん。許六が「発句は取合せものなり」というに対して芭蕉が「これほど仕よきことあるを人は知らずや」といえるを見ても、あながち取合せを排斥するにはあらざるべし。・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫