・・・それであるから、一概に、絵と文章といずれがまさるかなどといわれないが、文字の表現がいかに人の想像に訴えて、ほしいままに空間に形を描き、声なき声を発し、色なきに、紅紫絢爛、さま/″\な色彩を点ずるかゞ知られるのであります。 学生時代に、そ・・・ 小川未明 「読むうちに思ったこと」
・・・廊下に出ずるものあり、煙草に火を点ずるものあり、また二人三人は思い思いに椅子を集め太き声にて物語り笑い興ぜり。かかる間に卓上の按排備わりて人々またその席につくや、童子が注ぎめぐる麦酒の泡いまだ消えざるを一斉に挙げて二郎が前途を祝しぬ。儀式は・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・そういうできそこねた灸穴へ火を点ずる時の感覚もちょっと別種のものであった。 一日分の灸治を終わって、さて平手でぱたぱたと背中をたたいたあとで、灸穴へ一つ一つ墨を塗る。ほてった皮膚に冷たい筆の先が点々と一抹の涼味を落として行くような気がす・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
出典:青空文庫