・・・ げに人間の心こそ、無明の闇も異らね、 ただ煩悩の火と燃えて、消ゆるばかりぞ命なる。 下 夜、袈裟が帳台の外で、燈台の光に背きながら、袖を噛んで物思いに耽っている。 その独白・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・婦燭を執りて窟壁の其処此処を示し、これは蓮花の岩なり、これは無明の滝、乳房の岩なりなどと所以なき名を告ぐ。この窟上下四方すべて滑らかにして堅き岩なれば、これらの名は皆その凸く張り出でたるところを似つかわしきものに擬えて、昔の法師らの呼びなせ・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・約言すれば、自箇の天性があれほどいつくしみ信じ、暖く胸に抱いて来た愛の、対人的可能を、絶対に否定し尽さなければならないように見えて来たのです。無明のうちに安住することは本能が承知しない。はっきり自分にもその惨憺さのわかる遣りなおしも、ただ時・・・ 宮本百合子 「われを省みる」
出典:青空文庫