・・・お前達の母上からは私の無沙汰を責めて来た。私は遂に倒れた。病児と枕を並べて、今まで経験した事のない高熱の為めに呻き苦しまねばならなかった。私の仕事? 私の仕事は私から千里も遠くに離れてしまった。それでも私はもう私を悔もうとはしなかった。お前・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ 二タ月ほどして国元から手紙を遣したが、紋切形の無沙汰見舞であった。半歳ほどして上京したが、その時もいずれ参上するという手紙を遣しただけでやはり顔を見せなかった。U氏から後に聞くと、U氏が私にYの話をした翌る日に、帰国の前にモ一度私の許・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・郵便局で葉書を買って、家へ金の礼と友達へ無沙汰の詫を書く。机の前ではどうしても書けなかったのが割合すらすら書けた。 古本屋と思って入った本屋は新しい本ばかりの店であった。店に誰もいなかったのが自分の足音で一人奥から出て来た。仕方なしに一・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・別に見たくないという格段の理由がある訳でもなんでもないが、またわざわざ手数をして見に行きたいと思う程の特別な衝動に接する機会もなかったために、――云わば、あまり興味のない親類に無沙汰をすると同様な経過で、ついつい今まで折々は出逢いもした機会・・・ 寺田寅彦 「議会の印象」
・・・あるいは郷里の不幸や親戚に無沙汰をしている事を思い出す事もある。 しかしまた時として向こう河岸にもやっている荷物船から三菱の倉庫へ荷上げをしている人足の機械的に動くのを見たり、船頭の女房が艫で菜の葉を刻んだり洗ったりするのを見たり、ある・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・ お金は、すっかり片づけて来て、兄の前にぴったりと平ったく座ると、急にあらたまった口調で、無沙汰の詫やら、お節の様子などを尋ねた。「ほんにねえ、 私も今度の事じゃあ、どんなに苦労したかしれやしないんですよ。 何しろ、まだ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
出典:青空文庫