・・・忘れもしねえが、何でもあれは清元の師匠の花見の時だっけ、飛鳥山の茶店で多勢芸者や落語家を連れた一巻と落ち合って、向うがからかい半分に無理強いした酒に、お前は恐ろしく酔ってしまって、それでも負けん気で『江戸桜』か何か唄って皆をアッと言わせた、・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・男の位置に坐ってしまった。莫迦莫迦しいことだが、弁解しても始まらぬと、思った。男の無理強いをどうにも断り切れぬ羽目になったらしいと、うんざりした。 しかし、なおも躊躇っていると、「これほど言うても、飲んでくれはれしまへんか」 と・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ 支那兵が、悉く、苦力や農民から強制的に徴募されて、軍閥の無理強いに銃を持たされているものであることは、彼等には分りきっていた。それは、彼等と同じような農民か、でなければ労働者だった。そして、給料も殆んど貰っていなかった。しかし、彼等に・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・集金に行ってコップ酒を無理強いにするトラック屋の親爺などに逢えば面白いが、机の前に冷然としている、どじょう髭の御役人に向って、『今日は、御用はありませんか。』『ない。』『へい、ではまたどうぞ。』とか、『商人は外で待ってろ。』とか、『一厘』の・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ 今はどうか知らないが昔の田舎の風として来客に食物を無理強いに強いるのが礼の厚いものとなっていたから、雑煮でももう喰べられないといってもなかなかゆるしてくれなかったものである。尤も雑煮の競食などということが普通に行われていた頃であるから・・・ 寺田寅彦 「新年雑俎」
・・・そして飲みたくない酒を嘗めさせられ、食いたくない雑煮や数の子を無理強いに食わせられる事に対する恐怖の念をだんだんに蓄積して来たものであるらしい。 それでも彼が二十六の歳に学校を卒業してどうやら一人前になってから、始めて活版刷の年賀端書と・・・ 寺田寅彦 「年賀状」
・・・外部の力から無理強いされた生き方をするべきでないのが民主的な生活であると共に、自分の側からは積極的に、自分の全能力を発揮してよりよい社会にして行くということが人権という言葉に含まれた義務と名誉である。 手近いところから私達の義務と名誉と・・・ 宮本百合子 「青年の生きる道」
出典:青空文庫