・・・その容子が余り無遠慮すぎたせいか、吉井は陳の後姿を見送ったなり、ちょいと両肩を聳やかせた。が、すぐまた気にも止めないように、軽快な口笛を鳴らしながら、停車場前の宿屋の方へ、太い籐の杖を引きずって行った。 鎌倉。 一時間の後陳彩は・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・が、無遠慮に手に取って見れば、椎の葉はいつも椎の葉である。 椎の葉の椎の葉たるを歎ずるのは椎の葉の笥たるを主張するよりも確かに尊敬に価している。しかし椎の葉の椎の葉たるを一笑し去るよりも退屈であろう。少くとも生涯同一の歎を繰り返すことに・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・すべての子供の顔には子供に特有な無遠慮な残酷な表情が現われた。そしてややしばらく互いに何か言い交していたが、その中の一人が、「わーるいな、わるいな」 とさも人の非を鳴らすのだという調子で叫びだした。それに続いて、「わーるいな、わ・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・それが、純粋自然主義にあってはたんに見、そして承認するだけの事を、その同棲者が無遠慮にも、行い、かつ主張せんとするようになって、そこにこの不思議なる夫婦は最初の、そして最終の夫婦喧嘩を始めたのである。実行と観照との問題がそれである。そうして・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ この頭目、赤色の指導者が、無遠慮に自動車へ入ろうとして、ぎろりと我が銑吉を視て、胸さきで、ぎしと骨張った指を組んで合掌した……変だ。が、これが礼らしい。加うるに慇懃なる会釈だろう。けれども、この恭屈頂礼をされた方は――また勿論されるわ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ と呟きながら、湯呑に冷したりし茶を見るより、無遠慮に手に取りて、「頂戴。」 とばかりぐっと飲みぬ。「あら! 酷いのね、この人は。折角冷しておいたものを。」 わざと怨ずれば少年は微笑みて、「余ってるよ、奥様はけちだね・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・ 三人が菓子をもらいに来る、お児がいちばん無遠慮にやってくる。「おんちゃん、おんちゃん、かちあるかい、かち、奈子ちゃんがかちだって」 続いて奈々子が走り込む。「おっちゃんあっこ、おっちゃんあっこ、はんぶんはんぶん」 とい・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・拠処なく物を云うにも、今までの無遠慮に隔てのない風はなく、いやに丁寧に改まって口をきくのである。時には僕が余り俄に改まったのを可笑しがって笑えば、民子も遂には袖で笑いを隠して逃げてしまうという風で、とにかく一重の垣が二人の間に結ばれた様な気・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・と、お袋はかえって無遠慮に言った、「まァ、下駄職に生れて来たんだよ、毎日、あぐらをかいて、台に向ってればいいんだ」「そう馬鹿にしたもんじゃアないや、ね」と、おやじはあたまを撫でた。「御馳走をたべたら、早く帰る方がいいよ」と、吉弥も笑・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 男はその布団を受取って、寝床と寝床と押並んだ間を無遠慮に押分けて、手敏く帯を解いて着物を脱いで、腹巻一つになってスポリと自分の寝床に潜ぐりこんだ。そして寝床の中で腹巻の銭をチャラチャラいわせていたが、「阿母、おい、ここへ置くよ。今・・・ 小栗風葉 「世間師」
出典:青空文庫