・・・ 上野に着いたのは午後の九時半、都に秋風の立つはじめ、熊谷土手から降りましたのがその時は篠を乱すような大雨でございまして、俥の便も得られぬ処から、小宮山は旅馴れてはいる事なり、蝙蝠傘を差したままで、湯島新花町の下宿へ帰ろうというので、あ・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・「こないだも大ざらいがあって、義太夫を語ったら、熊谷の次郎直実というのを熊谷の太郎と言うて笑われたんだ――あ、あれがうちの芸著です、寝坊の親玉」 と、そとを指さしたので、僕もその方に向いた。いちじくの葉かげから見えたのは、しごき一つ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 熊谷直好の和歌に、よもすから木葉かたよる音きけは しのひに風のかよふなりけりというがあれど、自分は山家の生活を知っていながら、この歌の心をげにもと感じたのは、じつに武蔵野の冬の村居の時であった。 林に座って・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・午後二時というに上野を出でて高崎におもむく汽車に便りて熊谷まで行かんとするなれば、夏の日の真盛りの頃を歩むこととて、市中の塵埃のにおい、馬車の騒ぎあえるなど、見る眼あつげならざるはなし。とある家にて百万遍の念仏会を催し、爺嫗打交りて大なる珠・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・ で、その足で、熊谷町まで車を飛ばした。例の用水に添った描写は、この時に写生したものである。それから萩原君を、町の通りの郵便局に訪ねた。ちょうど、執務中なので、君の家の泉州という料理屋に行って待っていた。萩原君はそこの二男か三男で、今は・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・ 熊谷守一。 この人の小品はいつも見る人になぞをかけて困らせて喜んでいるような気がする。人を親しませないところがある。しかしある美しさはある。 黒田重太郎。 「湖畔の朝」でもその他でもなんだか騒がしくて落ち着きがなくて愉快でない。ロ・・・ 寺田寅彦 「昭和二年の二科会と美術院」
・・・小さい女の子は気味わるそうに、舞台からすこし遠のいて、しかし眼はまばたきをするのを忘れて、熊谷次郎が馬にのって、奈落からせり上って来る光景を見まもった。せり上って来る熊谷次郎の髪も菊の花でできた鐙も馬もいちように小刻みに震動しながら、陰気な・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・「同志の人々」「海彦山彦」等。 一九二四年。震災で演劇雑誌が全滅したので、劇作家協会が主体となり、新潮社から『演劇新潮』を発行。推されて一年間その編輯主任となる。「熊谷蓮生坊」「大磯がよい」「女中の病気」「スサノヲの命」。 一九二五・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
・・・六郎は東京にて山岡鉄舟の塾に入りて、撃剣を学び、木村氏は熊谷の裁判所に出勤したりしに、或る日六郎尋ねきて、撃剣の時誤りて肋骨一本折りたれば、しばしおん身が許にて保養したしという。さて持てきし薬など服して、木村氏のもとにありしが、いつまでも手・・・ 森鴎外 「みちの記」
出典:青空文庫