・・・それにもかかわらず物理学をデモンストレートする先生がたはなかなかこの目前の好個の問題を手に取り上げて落ち着いて熟視しようとはしないのである。 同じく摩擦に関した問題で日常おもしろいと思うものがもう一つある。それは雨の日の東京の大通りを歩・・・ 寺田寅彦 「日常身辺の物理的諸問題」
・・・しかし私は猫のこの挙動に映じた人間の姿態を熟視していると滑稽やら悲哀やらの混合した妙な心持ちになるのである。 このぶんでは今に子猫は死んでしまいそうな気がした。時々食ったものをもどして敷き物をよごすような事さえあった。夜はもう疲れ切って・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・むしろ冷静な観察者となって自然の選択淘汰の手さばきを熟視するほかはないようにも思われるのである。 しかし、ここで一つ問題が起こる。それは、こういう変異の各相の中に未来の好適種の可能性が存するとすれば、われわれはむしろこの際できる限りの型・・・ 寺田寅彦 「俳句の型式とその進化」
・・・そこで外面から射す夕暮に近い明りを受けて始めて先生の顔を熟視した。先生の顔は昔とさまで違っていなかった。先生は自分で六十三だと云われた。余が先生の美学の講義を聴きに出たのは、余が大学院に這入った年で、たしか先生が日本へ来て始めての講義だと思・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生」
・・・ゴーゴンを見る者は石に化すとは当時の諺であるが、この盾を熟視する者は何人もその諺のあながちならぬを覚るであろう。 盾には創がある。右の肩から左へ斜に切りつけた刀の痕が見える。玉を並べた様な鋲の一つを半ば潰して、ゴーゴン・メジューサに似た・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
出典:青空文庫