・・・それで其火鉢で牛肉をじゃあじゃあ煮て食うのだからたまらない。それから其『月の都』を露伴に見せたら、眉山、漣の比で無いと露伴もいったとか言って、自分も非常にえらいもののようにいうものだから、其時分何も分らなかった僕も、えらいもののように思って・・・ 夏目漱石 「正岡子規」
・・・同盟してもっと見物賃を上げるが好い。牛肉でも葱でも外の諸式はもっとぐっと高くなりつつある。 夏目漱石 「明治座の所感を虚子君に問れて」
・・・○くだものと余 余がくだものを好むのは病気のためであるか、他に原因があるか一向にわからん、子供の頃はいうまでもなく書生時代になっても菓物は好きであったから、二ヶ月の学費が手に入って牛肉を食いに行たあとでは、いつでも菓物を買うて来て食うの・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・単に分析表を見て牛肉と落花生と営養価が同じだと云って牛肉の代りにそっくり豆を喰べるというわけにはいかない。人によっては植物蛋白を殆んど消化しないじゃないかと思われることもあるのだ。ビジテリアン諸氏はこれらのことは充分ご承知であろうが尚これを・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ 雪じるしのバタが半ポンドについて十銭あがりました。牛肉も相すみませんが今年から一斤について十銭あがります。パン値上げお知らせ。白菜は一株について四十銭ですよ。どうぞそのおつもりでお香物もあがって下さい。 私が初めて世帯をもったのは・・・ 宮本百合子 「打あけ話」
・・・けれどもわたくしは一体、お魚がひどくすきというのではないので、牛肉などなら毎日でも結構ですけれど、お魚をそう続けられては見るもいやになります。肉類にしても、東京の堅い鶏肉はあまり好みません。特に好物といえばあい鴨です。 野菜では、胡瓜と・・・ 宮本百合子 「身辺打明けの記」
・・・彼女は昼の残りの肉を ナイフでたたき乍ら――この肉上げましょうか、食べたくなる程美味しい肉ですよ 全くさ それでも三週間キャベジの煮たのだけたべてやっと百グラムの牛肉が食べられるようになったのだから、彼女はその肉も結局は食べ終る。・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
鍋はぐつぐつ煮える。 牛肉の紅は男のすばしこい箸で反される。白くなった方が上になる。 斜に薄く切られた、ざくと云う名の葱は、白い処が段々に黄いろくなって、褐色の汁の中へ沈む。 箸のすばしこい男は、三十前後であろ・・・ 森鴎外 「牛鍋」
・・・そんな風に穿鑿をすると同時に、老伯が素食をするのは、土地で好い牛肉が得られないからだと、何十年と継続している伯の原始的生活をも、猜疑の目を以て視る。 Dostojewski は「罪と償」で、社会に何の役にも立たない慾ばり婆々あに金を持た・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・彼らはただ肉欲の対象として、牛肉のいい悪いを評価すると同じ心持ちで、評価する。この種の享楽の能力は、嗅覚と味覚の鈍麻した人が美味を食う時と同じく、零に近いほどに貧弱である。 放蕩者は一般に享楽人と認められる。しかし放蕩者のうちに右のごと・・・ 和辻哲郎 「享楽人」
出典:青空文庫