・・・コウコウ牝鶏が鳴く。省作もいよいよ起きねばならんかなと、思ってると、「なんだこら省作……省作……戸をあけられてしまってもまだ寝ているか。なんだくたぶれた、若いものが仕事にくたぶれたって朝寝をしてるもんがあるかい」 姉なんぞへの手前が・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ああエルサレム、エルサレム、予言者たちを殺し、遣されたる人々を石にて撃つ者よ、牝鶏のその雛を翼の下に集むるごとく、我なんじの子らを集めんと為しこと幾度ぞや、然れど、汝らは好まざりき」馬鹿なことです。噴飯ものだ。口真似するのさえ、いまわしい。・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・その読本にあったことで今でも覚えているのは、あひるの卵をかえした牝鶏が、その養い子のひよっこの「水におぼれんことを恐れて」鳴き立てる話と、他郷に流寓して故郷に帰って見ると家がすっかり焼けて灰ばかりになっていた話ぐらいなものである。そうしてこ・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・黒いのと、白い斑ある牝鶏二羽。それは去年の秋の頃、綿のような黄金色なす羽に包まれ、ピヨピヨ鳴いていたのをば、私は毎日学校の行帰り、餌を投げ菜をやりして可愛がったが、今では立派に肥った母鶏になったのを。ああ、二羽が二羽とも、同じ一声の悲鳴と共・・・ 永井荷風 「狐」
・・・零下十五度のモスクで牝鶏は卵を生まない。――から木箱に入った卵が来る。 一年目に又病って、今思い出すものは日本の海辺でも素麺でもない。日本の長い椽側だ。秋の清澄な日ざしがその椽側に照り、障子が白く閉って居る。障子に小枝の影がある。微かに・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
資本家・地主のロシアでは――「牝鶏は鶏ではない。女どもは人間ではない」むかしロシアにはこういう諺があった。女は男よりねうちのないもので人間ではないと云うのだが、では、むかしロシアの女はどんな扱いをうけ・・・ 宮本百合子 「ソヴェト同盟の婦人と選挙」
・・・ かなりの間は、恐ろしく不安な生活をさせられて居る鳥達もどうやら斯うやら息才(で居たが、一羽大きな牝鶏がけんかの拍子に眼玉を突つかれたなり、生れもつかない目っかちになったと云う大事変が孝ちゃんの家中を仰天させてしまった。「入目を・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・でまとめた楷子が壁際に吊ってあってその細かく出た枝々には抜羽だの糞だのが白く、黄いろくかたまりついて、どっか暗い上の方でククククと牝鶏の鳴いて居るのさえ聞える。三尺ほど高く床が張ってあって、縁なしの踏む後からへこんで、合わせ目から虫の這い出・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・そこで牝鶏を一羽買って、伏籠を職人に注文して貰うように頼んだ。鳥は羽の色の真白な、むくむくと太ったのを見立てて買った。跡から持たせておこすということである。石田は代を払って帰った。 牝鶏を持て来た。虎吉は鳥屋を厩の方へ連れて行って何か話・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫