・・・ 彼は捕手の役人に囲まれて、長崎の牢屋へ送られた時も、さらに悪びれる気色を示さなかった。いや、伝説によれば、愚物の吉助の顔が、その時はまるで天上の光に遍照されたかと思うほど、不思議な威厳に満ちていたと云う事であった。 ・・・ 芥川竜之介 「じゅりあの・吉助」
・・・そしてどうもしようがないので小吟のみつかるまではとその親達を牢屋に入れてつらい目に合わせて居た。けれ共どうしても目つからないと云うので霜月の十八日に殺されるときまったのでその親達をあずかった役人が可哀そうに思って「ほんとうに御気の毒な、子供・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・造りが、頑丈に、──丁度牢屋のように頑丈に出来ている。そこには、鉄の寝台が並んでいた。 これがお前の寝台だ。とある寝台の前につれて来た二年兵が云った。見ると、手箱にも、棚にも、寝台札にも、私の名前がはっきり書きこまれてあった。 二年・・・ 黒島伝治 「入営前後」
・・・ 彼は牢屋の後にある、大きな岩の中を、人に分らないように、そっと下から掘り開けて、その中へ秘密の部屋をこしらえました。そしてそこへ、牢屋から罪人の話し声がつたわって来るような仕かけをさせて、いつもそこへ這入ってじいっと罪人たちの言ってる・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・十字架に張りつけられたら、十字架のまま歩く。牢屋にいれられても、牢屋を破らず、牢屋のまま歩く。笑ってはいけない。私たち、これより他に生きるみちがなくなっている。いまは、そんなに笑っていても、いつの日にか君は、思い当る。あとは、敗北の奴隷か、・・・ 太宰治 「一日の労苦」
・・・生きのこったら、めもあてられんからなあ。」生きのこったら、牢屋だ。 けれどもおれは、かず枝に生き残らせて、そうして卑屈な復讐をとげようとしているのではないか。まさか、そんな、あまったるい通俗小説じみた、――腹立たしくさえなって、嘉七は、・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・恋愛と、酒と、それから或る種の政治運動。牢屋にいれられたこともあった。自殺を三度も企て、そうして三度とも失敗している。多人数の大家族の間に育った子供にありがちな、自分ひとりを余計者と思い込み、もっぱら自分を軽んじて、甲斐ない命の捨てどころを・・・ 太宰治 「花燭」
・・・ ――君の言うとおりにすると、私は、もういちど牢屋へ、はいって来なければならない。もういちど入水をやり直さなければならない。もういちど狂人にならなければならない。君は、その時になっても、逃げないか。私は、嘘ばかりついている。けれども、一・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・恋愛はもとより、ひとの細君を盗むことや、一夜で百円もの遊びをすることや、牢屋へはいることや、それから株を買って千円もうけたり、一万円損したりすることや、人を殺すことや、すべてどんな経験でもひととおりはして置かねばいい作家になれぬものと信じて・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・まごまごしていたら、牢屋へいれられる。重い罪名を負わされる。なんとかして巧く言いのがれなければ、と私は必死になって弁解の言葉を捜したのでございますが、なんと言い張ったらよいのか、五里霧中をさまよう思いで、あんなに恐ろしかったことはございませ・・・ 太宰治 「燈籠」
出典:青空文庫