・・・ そう云えば彼女が住んでいた町も、当時は物騒な最中だった。男はお蓮のいる家へ、不相変通って来る途中、何か間違いに遇ったのかも知れない。さもなければ忘れたように、ふっつり来なくなってしまったのは、――お蓮は白粉を刷いた片頬に、炭火の火照りを感・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・あえて世間をどうしようなぞという野心は無さそうに見えたのに―― お供の、奴の腰巾着然とした件の革鞄の方が、物騒でならないのであった。 果せるかな。 小春凪のほかほかとした可い日和の、午前十一時半頃、汽車が高崎に着いた時、彼は向側・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ 羽目も天井も乾いて燥いで、煤の引火奴に礫が飛ぶと、そのままチリチリと火の粉になって燃出しそうな物騒さ。下町、山の手、昼夜の火沙汰で、時の鐘ほどジャンジャンと打つける、そこもかしこも、放火だ放火だ、と取り騒いで、夜廻りの拍子木が、枕に響・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・ ……と言うとたちまち、天に可恐しき入道雲湧き、地に水論の修羅の巷の流れたように聞えるけれど、決して、そんな、物騒な沙汰ではない。 かかる折から、地方巡業の新劇団、女優を主とした帝都の有名なる大一座が、この土地に七日間の興行して、全・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・とか、どぎつくて物騒で殺風景な聯想を伴うけれども、しかし、耳に聴けば、「だす」よりも「どす」の方が優美であることは、京都へ行った人なら、誰でも気づくに違いない。いや、京都の言葉が大阪の言葉より柔かく上品で、美しいということは、もう日本国中津・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・郵便局行きは家人にたのんで、すぐ眠ってしまいたかったが、女に頼むには余りにも物騒な時間である。それに、陣痛の苦しみを味わった原稿だと思えば、片輪に出来たとはいえ、やはりわが子のように可愛く、自分で持って行って、書留の証書を貰って来なければ、・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・――お客さんはまアぼつぼつ来てくれはりまっけど、この頃は金さえ出せば闇市で肉が買えますし、スキ焼も珍らしゅうないし、まア来てくれるお客さんはお二人は別でっけど、食気よりも色気で来やはンのか、すぐ焼跡が物騒で帰ねんさかい泊めてくれ。お泊めする・・・ 織田作之助 「世相」
・・・外へ置くとどうも物騒だからね。今の高価い炭を一片だって盗られちゃ馬鹿々々しいやね」とお源を見る、お清はお徳を睨む、お源は水を汲んで二歩三歩歩るき出したところであった。「全く物騒ですよ、私の店では昨夜当到一俵盗すまれました」「どうして・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・それで躓くことなども無しに段々進んだ。物騒な代の富家大家は、家の内に上り下りを多くしたものであるが、それは勝手知らぬ者の潜入闖入を不利ならしむる設けであった。 幾間かを通って遂に物音一ツさせず奥深く進んだ。未だ灯火を見ないが、やがてフー・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・実際自分らの子供の時分に自由党のけんかの頻繁であったころは鍬の柄をかつぎ回ったりまたいわゆる仕込み杖という物騒なステッキを持ち歩くことが流行して、ついには子供用のおもちゃの仕込み杖さえできていたくらいである。西洋でも映画「三文オペラ」の親方・・・ 寺田寅彦 「ステッキ」
出典:青空文庫