・・・彼の怒は蝮蛇の怒と同一状態である。蝮蛇は之を路傍に見出した時土塊でも木片でも人が之を投げつければ即時にくるくると捲いて決して其所を動かない。そうして扁平な頭をぶるぶると擡げるのみで追うて人を噛むことはない。太十も甞て人を打擲したことがなかっ・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・順序は矛盾しましたが、広義の教育、殊に、徳育とそれから文学の方面殊に、小説戯曲との関係連絡の状態についてお話致します。日本における教育を昔と今とに区別して相比較するに、昔の教育は、一種の理想を立て、その理想を是非実現しようとする教育である。・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・狐に化かされるという状態は、つまり心理学者のいう三半規管の疾病であるのだろう。なぜなら学者の説によれば、方角を知覚する特殊の機能は、耳の中にある三半規管の作用だと言うことだから。 余事はとにかく、私は道に迷って困惑しながら、当推量で見当・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・云いかえれば人間はこんな状態になった時、一体どんな考を持つもんだろう、と云うことが知りたかったんだ。 私は思い切って、女の方へズッと近寄ってその足下の方へしゃがんだ。その間も絶えず彼女の目と体とから私は目を離さなかった。と、彼女の眼も矢・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・一、本書はもっぱら中津旧藩士の情態を記したるものなれども、諸藩共に必ず大同小異に過ぎず。或は上士と下士との軋轢あらざれば、士族と平民との間に敵意ありて、いかなる旧藩地にても、士民共に利害栄辱を與にして、公共のためを謀る者あるを聞かず。故・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・抑々小説は浮世に形われし種々雑多の現象の中にて其自然の情態を直接に感得するものなれば、其感得を人に伝えんにも直接ならでは叶わず。直接ならんとには摸写ならでは叶わず。されば摸写は小説の真面目なること明白なり。夫の勧懲小説とは如何なるものぞ。主・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・しかしそれがかえってこう云う状態の存在を証明しているように思われた。 すべて女の手紙を読むには、行の間を読まなくてはならない。眼光紙背に徹せなくてはならない。ピエエル・オオビュルナンは得意の作の中にこう書いた事がある。「女の手紙の意味は・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・私共は私共に具わった感官の状態私共をめぐった条件に於て菜食をしたいと斯う云うのであります。ここに於て私は敢て高山に遁げません。」陳氏は嵐のような拍手と一緒に私の処へ帰って来ました。私が陳氏に立って敬意を示している間に演壇にはもう次の論士が立・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・恋愛は決して百年同一の状態に止ることをしません。必ず或る消長があります。草木が宇宙の季節を感じるように、一日に暁と白昼と優しい黄昏の愁があるように、推移しずにはいません。いつか或るところに人間をつき出します。それが破綻であるか、或いは互いに・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
・・・自分が信ぜない事を、信じているらしく行って、虚偽だと思って疚しがりもせず、それを子供に教えて、子供の心理状態がどうなろうと云うことさえ考えてもみないのではあるまいか。倅は信仰はなくても、宗教の必要を認めると云うことを言っている。その必要を認・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫