・・・天秤棒をキシませながら、ふれ声をあげて、フト屋敷の角をまがると、私と同じ学帽をかぶった同級生たちが四五人、生垣のそばで、独楽などをまわして遊んでいるのがめっかる。するともう、私の足はすくんでしまって、いそいで逃げだそうと思うが、それより早く・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・「独楽どくらくぎん」と題せる歌五十余首あり。歌としては秀逸ならねど彼の性質、生活、嗜好などを知るには最便ある歌なり。その中にたのしみはあき米櫃に米いでき今一月はよしといふ時たのしみはまれに魚烹て児等皆がうましうましといひて食・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ 今は風があんまり強いので電信柱どもは、本線の方も、軽便鉄道の方もまるで気が気でなく、ぐうん ぐうん ひゅうひゅう と独楽のようにうなっておりました。それでも空はまっ青に晴れていました。 本線シグナルつきの太っちょの電信柱も、もうで・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
・・・ 大理石の卓子の上に肱をついて、献立を書いた茶色の紙を挾んである金具を独楽のように廻していた忠一が、「何平気さ、うんと仕込んどきゃ、あと水一杯ですむよ」 廻すのを止め、一ヵ所を指さした。「なあに」 覗いて見て、陽子は笑い・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・水の面に一つ、二つ、あとつづけてまた柿の花がこぼれる。一つの花からスーと波紋がひろがる。こちらの花からもスーと。二つの波紋がひょっと触り合って、とけ合って、一緒に前より大きくひろがって行く。水の独楽、音のしない独楽。一心に眺め入っている子供・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
・・・さまがおよめ入の時に持って来られたと云う百人一首やら、お祖父さまが義太夫を語られた時の記念に残っている浄瑠璃本やら、謡曲の筋書をした絵本やら、そんなものを有るに任せて見ていて、凧と云うものを揚げない、独楽と云うものを廻さない。隣家の子供との・・・ 森鴎外 「サフラン」
出典:青空文庫