・・・ わらべらの願いはこれらの獲物を燃やさんことなり。赤き炎は彼らの狂喜なり。走りてこれを躍り越えんことは互いの誇りなり。されば彼らこのたびは砂山のかなたより、枯草の類いを集めきたりぬ。年上の子、先に立ちてこれらに火をうつせば、童らは丸く火・・・ 国木田独歩 「たき火」
・・・どの路でも足の向くほうへゆけばかならずそこに見るべく、聞くべく、感ずべき獲物がある。武蔵野の美はただその縦横に通ずる数千条の路を当もなく歩くことによって始めて獲られる。春、夏、秋、冬、朝、昼、夕、夜、月にも、雪にも、風にも、霧にも、霜にも、・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・ ところで、それ以前、約二週間中隊は、支那部落で、獲物をねらう禿鷹のように宿営をつゞけていた。 その間、兵士達は、意識的に、戦争を忘れてケロリとしようと努めるのだった。戦争とは何等関係のない、平時には、軍紀の厳重な軍隊では許されない・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・ 兵士は命令を待っている間に、今さっき百姓小屋で取ってきた獲物を、今度はお互いに、口でだまして奪い合った。「いやですよ、軍曹殿。」「俺のナイフと交換しようか。」 ほかの声が云った。「いやだよ。そんなもの十銭の値打もすりゃ・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ 獲物は帰り道にあらわれる。 かれはもう、絶望しかけて、夕暮の新宿駅裏の闇市をすこぶる憂鬱な顔をして歩いていた。彼のいわゆる愛人たちのところを訪問してみる気も起らぬ。思い出すさえ、ぞっとする。別れなければならぬ。「田島さん!」・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・は、意志薄弱のダメな男をほとんど直観に依って識別し、これにつけ込み、さんざんその男をいためつけ、つまらなくなって来ると敝履の如く捨ててかえりみないという傾向がございますようで、私などはつまりその絶好の獲物であったわけなのでございましょう。・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・釜のない煙筒のない長い汽車を、支那苦力が幾百人となく寄ってたかって、ちょうど蟻が大きな獲物を運んでいくように、えっさらおっさら押していく。 夕日が画のように斜めにさし渡った。 さっきの下士があそこに乗っている。あの一段高い米の叺の積・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・沖から帰ると、獲物を焼いて三匹の猫に御馳走をしてやる。猫は三毛と黒と玉。夜中に婆さんが目を醒した時、一匹でも足りないと、家中を呼んで歩くため、客の迷惑する事も時にはある。この婆さんから色々の客の内輪の話も聞かされた。盗賊が紳商に化けて泊って・・・ 寺田寅彦 「嵐」
・・・それを知っているB君は、今日私を見ると、ちょうどいい獲物が掛かったと思って連れて来たのである。 B君のこの仕方は、悪意に解釈すれば私にとってあまり快くは思われない種類のものであった。しかしこの人の剽軽で学者らしく無邪気な、そしてどこか親・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・大弓を提げた偉大の父を真先に、田崎と喜助が二人して、倒に獲物を吊した天秤棒をかつぎ、其の後に清五郎と安が引続き、積った雪を踏みしだき、隊伍正しく崖の上に立現われた時には、私はふいと、絵本で見る忠臣蔵の行列を思出し、ああ勇しいと感じた。然し真・・・ 永井荷風 「狐」
出典:青空文庫