・・・竜樹菩薩も在俗の時には、王宮の美人を偸むために、隠形の術を修せられたそうじゃ。しかし謀叛人になった聖者は、天竺震旦本朝を問わず、ただの一人もあった事は聞かぬ。これは聞かぬのも不思議はない。女人に愛楽を生ずるのは、五根の欲を放つだけの事じゃ。・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・自殺の虫の感染は、黒死病の三倍くらいに確実で、その波紋のひろがりは、王宮のスキャンダルの囁きよりも十倍くらい速かった。縄に石鹸を塗りつけるほどに、細心に安楽の往生を図ることについては、私も至極賛成であって、甥の医学生の言に依っても、縊死は、・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・ ヘルマンの講義はシンケル・プラッツの気象台へ聴きに行った。王宮と河一つ隔てた広場に面した四角な煉瓦造りの建物で、これは有名なシンケルの建てた特色のある様式の建築として聞こえたものだそうである。昔は建築のアカデミーでシンケルが死ぬまでこ・・・ 寺田寅彦 「ベルリン大学(1909-1910)」
・・・牡丹剪って気の衰へし夕かな地車のとゞろとひゞく牡丹かな日光の土にも彫れる牡丹かな不動画く琢磨が庭の牡丹かな方百里雨雲よせぬ牡丹かな金屏のかくやくとして牡丹かな 蟻垤蟻王宮朱門を開く牡丹かな 波翻舌本吐・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 広くもない地球の上で、幾千万と云う人間が、飢え渇え、獣物にまで成り下っている有様は、万の王宮を以て償えないディスグレースではないだろうか。〔一九二二年七月〕 宮本百合子 「アワァビット」
・・・王様は早速、適当な兵を送り出して置いて、いつもの通り瞬く間に勝って来るのを、王宮の暖いお寝間の中で待っておられた。 けれども、どうしたのか、兵は、却って隣国の者に追いまくられ、散り散りばらばらになってしまったので、また、二度目の出兵が必・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・朝鮮征伐のときには小西家の人質として、李王宮に三年押し籠められていた。小西家が滅びてから、加藤清正に千石で召し出されていたが、主君と物争いをして白昼に熊本城下を立ち退いた。加藤家の討手に備えるために、鉄砲に玉をこめ、火縄に火をつけて持たせて・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ザックセン、マイニンゲンのよつぎの君夫婦、ワイマル、ショオンベルヒの両公子、これにおもなる女官数人したがえり。ザックセン王宮の女官はみにくしという世の噂むなしからず、いずれも顔立ちよからぬに、人の世の春さえはや過ぎたるが多く、なかにはおい皺・・・ 森鴎外 「文づかい」
出典:青空文庫