・・・初に見た時、やや遠く雲をついて高地の空に聳えていた無線電信の鉄柱が、わたくしの歩みを進めるにつれて次第に近く望まれるようになった。玩具のように小さく見える列車が突然駐って、また走り出すのと、そのあたりの人家の殊に込み合っている様子とで、それ・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・この医者が大へんな変人で、患者をまるで玩具か人形のように扱う、愛嬌のない人です。それではやらないかといえば不思議なほどはやって、門前市をなす有様です。あんな無愛想な人があれだけはやるのはやはり技術があるからだと思いました。それだから建築家に・・・ 夏目漱石 「無題」
・・・その鉄道で、町へ出かけて行って買物をしたり、時にはまた、女のいる店で酒を飲んだりした。だが私の実の楽しみは、軽便鉄道に乗ることの途中にあった。その玩具のような可愛い汽車は、落葉樹の林や、谷間の見える山峡やを、うねうねと曲りながら走って行った・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・お前たちは此女を玩具にした挙句、未だこの女から搾ろうとしてるんだと思ったんだ。死ぬが死ぬまで搾る太い奴等だと思ったんだ」「まあいいや。それは思い違いと言うもんだ」と、その男は風船玉の萎む時のように、張りを弛めた。「だが、何だってお前・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・弓矢鎗剣、今の軍器としては無用の長物、唯一種の玩具なれども、昔年は一本の鎗を以て三軍の成敗を決したることあり。昔は利器たり、今は玩具たり。今昔の相違これを名けて人智の進歩時勢の変遷と言う。学者の注意す可き所のものなり。左れば我輩は女大学を見・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・はじめはそれでも割合早いけれどもだんだんのぼって行って海がまるで青い板のように見え、その中の白いなみがしらもまるで玩具のように小さくちらちらするようになり、さっきの島などはまるで一粒の緑柱石のように見えて来るころは、僕たちはもう上の方のずう・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・一九四八年のなか頃から、国内にたかまってきている民族自立と世界平和と、ファシズムに反対する文化擁護の機運は、決して一部の人の云っているようにジャーナリズムの上の玩具ではない。こんにち、平和を支持し、ファシズムに反対する作家たちの一人一人が、・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)」
・・・ あますところの問題はわたくしが思量の小児にいかなる玩具を授けているかというにある。ここにその玩具を検してみようか。わたくしは書を読んでいる。それが支那の古書であるのは、いま西洋の書が獲がたくして、そのたまたま獲べきものがみな戦争をいう・・・ 森鴎外 「なかじきり」
・・・その低い屋根の下には露店が続き、軽い玩具や金物が溢れ返って光っていた。群集は高い街々の円錐の縁から下って来て集まった。彼はきょろきょろしながら新鮮な空気を吸いに泥溝の岸に拡っている露店の青物市場へ行くのである。そこでは時ならぬ菜園がアセチリ・・・ 横光利一 「街の底」
去年の八月の末、谷川君に引っ張り出されて北軽井沢を訪れた。ちょうどその日は雨になって、軽井沢駅に降りた時などは土砂降りであった。その中を電車の終点まで歩き、さらに玩具のように小さい電車の中で窓を閉め切って発車を待っていた時の気持ちは、・・・ 和辻哲郎 「寺田さんに最後に逢った時」
出典:青空文庫