・・・ったりと往来が途絶えて、その時々、対合った居附の店の電燈瓦斯の晃々とした中に、小僧の形や、帳場の主人、火鉢の前の女房などが、絵草子の裏、硝子の中、中でも鮮麗なのは、軒に飾った紅入友染の影に、くっきりと顕れる。 露店は茫として霧に沈む。・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・この調子で、薄暗い広間へ、思いのほかのものが顕れるから女中も一々どれが何だか、一向にまとまりが着かなかったのである。 昼飯の支度は、この乳母どのに誂えて、それから浴室へ下りて一浴した。……成程、屋の内は大普請らしい。大工左官がそちこちを・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・女はまた一つの青い色の罎を取出しましたから、これから怨念が顕れるのだと恐を懐くと、かねて聞いたとは様子が違い、これは掌へ三滴ばかり仙女香を使う塩梅に、両の掌でぴたぴたと揉んで、肩から腕へ塗り附け、胸から腹へ塗り下げ、襟耳の裏、やがては太股、・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
出典:青空文庫