・・・然れども世界に誇るべき二千年来の家族主義は土崩瓦解するを免れざるなり。語に曰、其罪を悪んで其人を悪まずと。吾人は素より忍野氏に酷ならんとするものにあらざるなり。然れども軽忽に発狂したる罪は鼓を鳴らして責めざるべからず。否、忍野氏の罪のみなら・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・が、幕府が瓦解し時勢が一変し、順風に帆を揚げたような伊藤の運勢が下り坂に向ったのを看取すると、天性の覇気が脱線して桁を外れた変態生活に横流した。椿岳の生活の理想は俗世間に凱歌を挙げて豪奢に傲る乎、でなければ俗世間に拗ねて愚弄する乎、二つの路・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・はじめのたらたらのお世辞がその最後の用事の一言でもって瓦解し、いかにもさもしく汚く見えるものである。それゆえ、勇気を出して少しも早くひと思いに用事にとりかかるのであった。なるべく簡明なほうがよい。このたびわが塾に於いて詩経の講義がはじまるの・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・近くその一例をあげていわんに、旧幕府のとき開成所を設けたれども、まったく官府の管轄を蒙り、官の私有に異ならざりしがゆえ、いったん幕府の瓦解にいたり捨ててかえりみる者なし。幸にして今日に及びようやく旧に復するの模様あれども、空しく二年の時日を・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・この時に当り徳川政府は伏見の一敗復た戦うの意なく、ひたすら哀を乞うのみにして人心既に瓦解し、その勝算なきは固より明白なるところなれども、榎本氏の挙は所謂武士の意気地すなわち瘠我慢にして、その方寸の中には竊に必敗を期しながらも、武士道の為めに・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・ わたくしはこんな夢を見て暮らしているうちに、ある日わたくしの夫婦生活の平和が瓦解してしまいました。夫が不実になったと云うことは、田舎の女のためには夫婦の破滅でございます。夫婦と恋とを引放して考えることの出来ない女のためには、そう思われ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
出典:青空文庫