・・・これに反してもし自分が殉死を許さずにおいて、彼らが生きながらえていたら、どうであろうか。家中一同は彼らを死ぬべきときに死なぬものとし、恩知らずとし、卑怯者としてともに歯せぬであろう。それだけならば、彼らもあるいは忍んで命を光尚に捧げるときの・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・二人は長い間生きていた。死ぬるまで生きていた。 お話はこれでおしまいだよ。坊やはいい子だ。ねんねおし。 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・それならそれが生きていた内は栄華をしていたか。なかなかそうばかりでもない世が戦国だものを。武士は例外だが。ただの百姓や商人など鋤鍬や帳面のほかはあまり手に取ッたこともないものが「サア軍だ」と駆り集められては親兄弟には涙の水杯で暇乞い。「しか・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・「お前は、もう生きたいとは、ちょっとも思わないのかね。」「あたし、死にたい。」「うむ。」と彼は頷いた。 二人には二人の心が硝子の両面から覗き合っている顔のようにはっきりと感じられた。 三 今は、彼・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・私はただ無条件に、生きている事を感謝しました。すべての人をこういう融け合った心持ちで抱きたい、抱かなければすまない、と思いました。私は自分に近い人々を一人一人全身の愛で思い浮かべ、その幸福を真底から祈り、そうしてその幸福のためにありたけの力・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫