・・・馬島に哀れなる少女あり大河の死後四月にして児を生む、これ大河が片身、少女はお露なりとぞ。 猶お友の語るところに依れば、お露は美人ならねどもその眼に人を動かす力あふれ、小柄なれども強健なる体格を具え、島の若者多くは心ひそかにこれを得んもの・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・浅い生活をしていて良い芸術を生むことは不可能である。但しここに良い生活というのは迷いや慎みや、あるいは罪がない生活という意味ではない。そういうものを持ちながらも正しい生活に達しようとして努力する生活をいうのである。一、よく自然と・・・ 倉田百三 「芸術上の心得」
・・・ 母としての女性の使命はこのほかにまた、「時代を産む母」としてのそれがあることを忘れてはならぬ。女性の天賦の霊性と直観力とで、歴史と社会との文化史的向上の方向を洞察して、時代をその方向に導くように、男子を促し、鞭韃し、また自ら立ってその・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・そこに個人生活と社会生活との不調和を生じて悲劇を生むものであるが、それらのいきさつについてあまりに厳しく裁いてはならない。これはもとより望ましきものではないが、それは人間苦悩の哀れむべき相であって、またそれを通じて美しき人間性の発露もあり得・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・家の鶏が産む卵だけでは足りなくって、おしかは近所へ買いに行った。端界に相場が出るのを見越して持っていた僅かばかりの米も、半ばは食ってしまった。それでもおしかは十月の初めに清三が健康を恢復して上京するのを見送ると、自分が助かったような思いでほ・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・なり広い庭は、ことごとく打ちたがやされて畑になってはいるが、この主人、ただの興覚めの実利主義者とかいうものとは事ちがい、畑のぐるりに四季の草花や樹の花を品よく咲かせ、庭の隅の鶏舎の白色レグホンが、卵を産む度に家中に歓声が挙り、書きたてたらき・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・然し当節のように何も彼も一概に綺麗なものや手数のかかったもの無益なものは相成らぬと申してしまった日には、鳳凰なんぞは卵を生む鶏じゃ御座いませんから、いくら出て来たくも出られなかろうじゃ御座いませんか。外のものは兎に角と致して日本一お江戸の名・・・ 太宰治 「三月三十日」
・・・純粋理性批判は産めないが、カントを産む事が出来る」と云っている。 話頭は転じて、いわゆる「天才教育」の問題にはいる。特別の天賦あるものを選んで特別に教育するという事は、原理としては多数の承認するところで問題は程度如何にある。これは元来ダ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・特に発声映画劇と文楽との比較研究はいろいろのおもしろい結果を生むであろうと思われる。そうしてその結果は人形芸術家にも映画芸術家にも、いろいろの新しい可能性の暗示を授けるであろうと想像される。 たとえば、スクリーンの映像では、その空間的位・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・誰一人面を冒して進言する忠臣もなく、あたら君徳を輔佐して陛下を堯舜に致すべき千載一遇の大切なる機会を見す見す看過し、国家百年の大計からいえば眼前十二名の無政府主義者を殺して将来永く無数の無政府主義者を生むべき種を播いてしもうた。忠義立として・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
出典:青空文庫