・・・ ――覚えていますが、その時、ちゃら金が、ご新姐に、手づくりのお惣菜、麁末なもの、と重詰の豆府滓、……卯の花を煎ったのに、繊の生姜で小気転を利かせ、酢にしたしこいわしで気前を見せたのを一重。――きらずだ、繋ぐ、見得がいいぞ、吉左右! と・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ お松が自分をおぶって、囲炉裏端へ上った時に母とお松の母は、生薑の赤漬と白砂糖で茶を飲んで居った。お松は「今夜坊さんはねえやの処へ泊ってください」と頻りに云ってる。自分は点頭して得心の意を示した。母は自分の顔を見て危む風で「おまえ泊れる・・・ 伊藤左千夫 「守の家」
・・・玉子豆腐の朱わんのふたの裏に、すり生姜がひとつまみくっつけてあったことを、どういうわけか覚えている。父が何かしらそれについて田舎と東京との料理の比較論といったようなものをして聞かせたようであった。 天狗煙草が全盛の時代で、岩谷天狗の松平・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・ 僕はこんな事を考えて、鮓を食ってしまった跡に、生姜のへがしたのが残っている半紙を手に持ったまま、ぼんやりしてやはり二人の方を見ていた。その時一人の世話人らしい男が、飾磨屋の傍へ来て何かくと、これまで殆ど人形のように動かずにいた飾磨屋が・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫