・・・一時は買込んだ田地なども売物に出たとかいう評判でございました。 そうこういたします内に、さよう、一昨年でございましたよ、島屋の隠居が家へ帰ったということを聞きましたのは。それから戦争の祈祷の評判、ひとしきりは女房一件で、饅頭の餡でさえ胸・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・おまけに、それが小春さんに、金子も、店も田地までも打込んでね。一時は、三月ばかりも、家へ入れて、かみさんにしておいた事もあったがね。」 ――初女房、花嫁ぶりの商いはこれで分った――「ちゃんと金子を突いたでねえから、抱えぬしの方で承知・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・それに省作君などはおとよさんという人があるんだもの、清公に聞かれちゃ悪いが、百俵付けがなんだい、深田に田地が百俵付けあったってそれがなんだ。婿一人の小遣い銭にできやしまいし、おつねさんに百俵付けを括りつけたって、体一つのおとよさんと比べて、・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・というに、村の人の遊ぶとき、ことにお祭り日などには、近所の畑のなかに洪水で沼になったところがあった、その沼地を伯父さんの時間でない、自分の時間に、その沼地よりことごとく水を引いてそこでもって小さい鍬で田地を拵えて、そこへ持っていって稲を植え・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・こいつはいいかも知れんがさし当たって田地がない。翁は行きづまってしまったので、仙人主義を弁護する理屈に立ち返ってしきりと考えこんでいると、どしりとばかり同じベンチに身を投げるように腰をおろした者がある。振り向いて見るや、「オヤ河田さんじ・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・なにしろ田地持ちが外米を買って露命をつながなければならないようなことはまことに「はなし」ならぬ話である。 昨年、私たちの地方では、水なしには育たない稲ばかりでなく、畑の作物も──どんな飢饉の年にも旱魃にもこれだけは大丈夫と云われる青木昆・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・のいしえか、町へ出ずにすむ、田地持ちの娘に相場がきまってしまった。 村は、そういう状態になっていた。 メリヤス工場の職工募集員は、うるさく、若者や娘のある家々を歩きまわっていた。三 トシエは、家へ来た翌日から悪阻で苦・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・ 債鬼のために、先祖伝来の田地を取られた時にも、おしかはもう愚痴をこぼさなかった。清三は卒業後、両人があてにしていた程の金を儲けもしなければ、送ってくれもしなかった。が、おしかは不服も云わなかった。やはり、息子が今にえらくなるのをあてに・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・中に、 夫文人の苦心は古人の後に生れ古人開拓の田地の外、別に播種し別に刈穫せんと慾する所の処に存す。韓退之所謂務去陳言戞々乎其難哉とは正に此謂いなり、若し古人の意を襲して即ち古人の田地の種獲せば是れ剽盗のみ。李白杜甫韓柳の徒何ぞ曽て・・・ 幸徳秋水 「文士としての兆民先生」
・・・田舎に少しばかりの田地があるから、それを生計のしろとして慰みに花でも作り、余裕があれば好きな本でも買って読む。朝一遍田を見廻って、帰ると宅の温かい牛乳がのめるし、読書に飽きたら花に水でもやってピアノでも鳴らす。誰れに恐れる事も諛う事も入らぬ・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
出典:青空文庫