・・・その道を河に沿うて、河の方へ向いて七人の男がゆっくり歩いている。男等の位置と白楊の位置とが変るので、その男等が歩いているという事がやっと知れるのである。七人とも上着の扣鈕をみな掛けて、襟を立てて、両手をずぼんの隠しに入れている。話声もしない・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
一 貧乏な百姓の夫婦がいました。二人は子どもがたくさんあって、苦しいところへ、また一人、男の子が生れました。 けれども、そんなふうに家がひどく貧乏だものですから、人がいやがって、だれもその子の名附親・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・クリスマスの晩だのに、そんな風に一人で坐っているところを見ると、まるで男の独者のようね。ほんとにお前さんのそうしているところを見ると、わたし胸が痛くなるわ。珈琲店で、一人ぼっちでいるなんて。お負けにクリスマスの晩だのに。わた・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・にちっぽけに見る事もできましたし、孫たちがよちよち歩きで庭に出て来るのを見るにつけ、そのおい先を考えると、ワン、ツー、スリー、拡大のガラスからのぞきさえすれば、見るまに背の高い、育ち上がったみごとな大男になってしまいました。 こんなおも・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・此をお読みになる時は、熱い印度の、色の黒い瘠せぎすな人達が、男は白いものを着、女は桃色や水色の薄ものを着て、茂った樹かげの村に暮している様子を想像して下さい。 女の子が、スバシニと云う名を与えられた時、誰が、彼女の唖なことを思い・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・ ここにひとり、わびしい男がいて、毎日毎日あなたの唄で、どんなに救われているかわからない、あなたは、それをご存じない、あなたは私を、私の仕事を、どんなに、けなげに、はげまして呉れたか、私は、しんからお礼を言いたい。そんなことを書き散らし・・・ 太宰治 「I can speak」
ウィインで頗る勢力のある一大銀行に、先ずいてもいなくても差支のない小役人があった。名をチルナウエルと云う小男である。いてもいなくても好いにしても、兎に角あの大銀行の役をしているだけでも名誉には違いない。 この都に大勢いる銀行員と云・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・その兵士は善い男だった。快活で、洒脱で、何ごとにも気が置けなかった。新城町のもので、若い嚊があったはずだ。上陸当座はいっしょによく徴発に行ったっけ。豚を逐い廻したッけ。けれどあの男はもはやこの世の中にいないのだ。いないとはどうしても思えん。・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・その男の妻が拾ったそうでございます。四十ペンニヒ頂戴いたしたいと申しておりました。」「そんなら出しておいてくれい。あとで一しょに勘定して貰うから。」 襟は丁寧に包んで、紐でしっかり縛ってある。おれはそれを提げて、来合せた電車に乗って・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・レナードが原理の非難を述べている間に、かつてフィルハルモニーで彼の人身攻撃をやった男が後ろの方の席から拍手をしたりした。しかしレナードの急き込んだ質問は、冷静な、しかも鋭い答弁で軽く受け流された。 レナード「もし実際そんな重力の『場』が・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
出典:青空文庫