・・・点々として畑中白くなっているその棉に朝日がさしていると目ぶしい様に綺麗だ。「まアよくえんでること。今日採りにきてよい事しました」 民子は女だけに、棉の綺麗にえんでるのを見て嬉しそうにそう云った。畑の真中ほどに桐の樹が二本繁っている。・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ 十月初めに信州へ旅行して颱風の余波を受けた各地の損害程度を汽車の窓から眺めて通ったとき、いろいろ気のついたことがある、それがいずれも祖先から伝わった耐風策の有効さを物語るものであった。 畑中にある民家でぼろぼろに腐朽しているらしく・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・ 勇吉の家は、畑中で近所が少し離れている。それだからいいようなものの、火の手は次第に募る。放ってはおけない。――勘助は井戸水をくみ上げながら、いやはやと思った。これは、大火事より都合がわるい。見物は、だらしなく、ワアハハハと笑うきりで手・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・ 松杉の中に交って輝いて居るのも麦の畑中に群れて笑んで居るのも美くしい。 葉は叩いたら、リリーン、リリーンと云いそうなかたくしまった光りを持って居て葉のふちは極く極く細かいダイヤモンドをつないだ様にさえすんだ輝きを持って居る。 ・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・そのうちいつか人家の立ち並んだ所を離れて、畑中の道にかかった。空はよく晴れて日があかあかと照っている。正道は心のうちに、「どうしてお母あさまの行くえが知れないのだろう、もし役人なんぞに任せて調べさせて、自分が捜し歩かぬのを神仏が憎んで逢わせ・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・を持って、ひゅあひゅあしょあしょあとかなんとか云って、ぬかるみ道を前進しようとしたところが、騾馬やら、驢馬やら、ちっぽけな牛やらが、ちっとも言うことを聞かないで、綱がこんがらかって、高粱の切株だらけの畑中に立往生をしたのは、滑稽だったね。」・・・ 森鴎外 「鼠坂」
出典:青空文庫