・・・ 彼の述懐を聞くと、まず早水藤左衛門は、両手にこしらえていた拳骨を、二三度膝の上にこすりながら、「彼奴等は皆、揃いも揃った人畜生ばかりですな。一人として、武士の風上にも置けるような奴は居りません。」「さようさ。それも高田群兵衛な・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・と思うとまた忌いましそうに「畜生」などと怒鳴り出すのです。 主筆 ははあ、発狂したのですね。 保吉 何、莫迦莫迦しさに業を煮やしたのです。それは業を煮やすはずでしょう。元来達雄は妙子などを少しも愛したことはないのですから。…… ・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・「汝ゃ乞食か盗賊か畜生か。よくも汝が餓鬼どもさ教唆けて他人の畑こと踏み荒したな。殴ちのめしてくれずに。来」 仁右衛門は火の玉のようになって飛びかかった。当の二人と二、三人の留男とは毬になって赤土の泥の中をころげ廻った。折重なった人々・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ と云う声がしたので、見ると大黒帽の上から三角布で頬被りをした男が、不平相にあたりを見廻して居たが、一人の巡査が彼を見おろして居るのに気が附くと、しげしげそれを見返して、唾でも吐き出す様に、畜生。 と云って、穢らわし相に下・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・「ええ。畜生奴、うぬまで己の側へ来やがるか。」犬は悲しげに啼いた。これはさ程痛かったためではないが、余り不意であったために泣いたのだ。さて百姓は蹣跚きながら我家に帰った。永い間女房を擲って居た。そうしてたった一週間前に買って遣った頭に被・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・…… 畜生――修羅――何等の光景。 たちまち天に蔓って、あの湖の薬研の銀も真黒になったかと思うと、村人も、往来も、いつまたたく間か、どッと溜った。 謹三の袖に、ああ、娘が、引添う。…… あわれ、渠の胸には、清水がそのまま、血・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・今に工面してやるから可い、蚊の畜生覚えていろと、無念骨髄でしたよ。まだそれよりか、毒虫のぶんぶん矢を射るような烈い中に、疲れて、すやすや、……傍に私の居るのを嬉しそうに、快よさそうに眠られる時は、なお堪らなくって泣きました。」 聞く方が・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・こん生畜生め、暮れの飯米もねいのに、博打ぶちたあ何事たって、どなったまではよかったけど、そら眼真暗だから親父と思ってしがみついたのがその親分の定公であったとさ。そのうちに親父は外へ逃げてしまった。みんなして、おっかまア静かにしろって押えられ・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・「あん畜生、ほんとにぶちのめしてやりたいな」「だれを」「あの野郎をさ」「あの野郎じゃわからねいや」「ばかに下等になってきたあな、よせよせ」 おはまがいるから、悪口もこのくらいで済んだ。おはまでもいなかったら、なかなか・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ 誰れにでもああだろうと思うと、今さらのようにあの粗い肌が連想され、僕自身の身の毛もよだつと同時に、自分の心がすでに毛深い畜生になっているので、その鋭い鼻がまた別な畜生の尻を嗅いでいたような気がした。 一三 田島・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
出典:青空文庫