・・・自然と内に醗酵して醸された礼式でないから取ってつけたようではなはだ見苦しい。これは開化じゃない、開化の一端とも云えないほどの些細な事であるが、そういう些細な事に至るまで、我々のやっている事は内発的でない、外発的である。これを一言にして云えば・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・液汁は、芳醇とまではゆかないにせよ、とにかく長年の間くさりもしないで発酵していた葡萄のつゆであった。「播州平野」と「風知草」とは、作者が戦争によって強いられていた五年間の沈黙ののちにかかれ、発表された。主題とすれば、一九三二年以来、作者・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第七巻)」
・・・だから気候による発酵度とかいろいろなことを考える。女子大学などには家事のいろいろの表がございます。そういうものがあっていろいろ考えていらっしゃるから、ある場合には大へん新しい正しい方法をなさるし、年とった方から見れば「そんな面倒臭いことをい・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
・・・したがって、いま書きたいことは、むしろもっと以前のおそらくは戦時中のことであり、階級としての闘争の文学はいま書かなければならないとは分っているけれども、実感のうちにまだ十分発酵する時間を経ていないという事情もおこった。 民主主義文学運動・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・――純白な紙、やさしい点線のケイの中に何を書かせようと希うのか深みゆく思い、快よき智の膨張私は 新らしい仕事にかかる前愉しい 心ときめく醗酵の時にある。一旦 心の扉が開いたら此上に私の創る世界が湧上ろ・・・ 宮本百合子 「初夏(一九二二年)」
・・・ 雁金のかわりに、こけつまろびつしつつも、結局は行動性のチャムピオンであるそのような人物が試験管に投げこまれれば、久内はもっと沸騰し、上下に反転し、煙を立て、作者の知的追求に対しておびただしい多彩な醗酵の過程を示さざるを得なかったに違いな・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・一段話すと、祖母は梅の汁が自然に発酵した酒を進めた。私も一口なめて見たけれ共、舌の先がやけそうにヒリッとした。随分つよいらしかった。 校長は小さい猪口に三四杯飲んですっかり機嫌になり、自分等が若かった時、寄宿舎で夜中に食物をとりに行って・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・夕方の六時から真夜中まで働き、昼は寝、捏粉の発酵するのを待つ間とパンが炉の中で焼けるのを待つ間しかゴーリキイは本が読めなかった。書けなかった。彼はその間でしばしば考えた。「一体、俺はこれからどうなるのだろう。」 この重い時期に、彼にとっ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
・・・封建的な恋愛、結婚、家庭生活の重みに反撥することから、進歩的見解をもつ若い人々が我知らず機械的唯物論に陥ったり、アナーキスティックな放縦へ墜落したりすることの多い現代の分解的・醗酵的雰囲気の中では、このことは特に大切であると思われる。 ・・・ 宮本百合子 「もう少しの親切を」
・・・象の交互作用を端的に投擲することに於て、また如実派の或る一部、例えば犬養健氏の諸作に於けるがごとく、官能の快朗な音楽的トーンに現れた立体性に、中河与一氏の諸作に於けるが如く、繊細な神経作用の戦慄情緒の醗酵にわれわれは屡々複雑した感覚を触発さ・・・ 横光利一 「新感覚論」
出典:青空文庫