・・・ 己は馬鹿だったが、此不幸なる埃及の百姓(埃及軍、この百姓になると、これはまた一段と罪が無かろう。鮨でも漬けたように船に詰込れて君士但丁堡へ送付られるまでは、露西亜の事もバルガリヤの事も唯噂にも聞いたことなく、唯行けと云われたから来たのだ。・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・単に食う食わぬの問題だったら、田舎へ帰って百姓するよ」 彼は斯う額をあげて、調子を強めて云った。「相変らず大きなことばかし云ってるな。併し貧乏は昔から君の附物じゃなかった?」「……そうだ」 二人は一時間余りも斯うした取止めの・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ 家の入口には二軒の百姓家が向い合って立っている。家の前庭はひろく砥石のように美しい。ダリヤや薔薇が縁を飾っていて、舞台のように街道から築きあげられている。田舎には珍しいダリヤや薔薇だと思って眺めている人は、そこへこの家の娘が顔を出せば・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・です、それこそ今のおかたには想像にも及ばぬことで、じゃんと就業の鐘が鳴る、それが田や林や、畑を越えて響く、それ鐘がと素人下宿を上ぞうりのまま飛び出す、田んぼの小道で肥えをかついだ百姓に道を譲ってもらうなどいうありさまでした。 ある日樋口・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・あるいは寛喜、貞永とつづいて飢饉が起こって百姓途上にたおれ、大風洪水が鎌倉地方に起こって人畜を損じ、奥州には隕石が雨のごとく落ち、美濃には盛夏に大雪降り、あるいは鎌倉の殿中に怪鳥集まるといった状況であった。日蓮は世相のただならぬことを感じた・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・「なあに、こんな百姓爺さんが偽札なんぞようこしらえるもんか! 何かの間違いだ。」 老人は、白樺の下までつれて行かれると、穴の方に向いて立たせられた。あとから来た通訳が朝鮮語で何か云った。心配することはない。じいっと向うを見て、真直に・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・いけんあたりとか聞いたが、今でも百姓が冬の農暇になると、鋤鍬を用意して先達を先に立てて、あちこちの古い墓を捜しまわって、いわゆる掘出し物かせぎをするという噂を聞いた。虚談ではないらしい。日本でも時飛んでもないことをする者があって、先年西の方・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・けれども、これから新規に百姓生活にはいって行こうとする子には、寝る場所、物食う炉ばた、土を耕す農具の類からして求めてあてがわねばならなかった。 私の四畳半に置く机の抽斗の中には、太郎から来た手紙やはがきがしまってある。その中には、もう麦・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・いつも野らで為事をしている百姓の女房の曲った背中も、どこにも見えない。河に沿うて、河から段々陸に打ち上げられた土沙で出来ている平地の方へ、家の簇がっている斜面地まで付いている、黄いろい泥の道がある。車の轍で平らされているこの道を、いつも二輪・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
一 貧乏な百姓の夫婦がいました。二人は子どもがたくさんあって、苦しいところへ、また一人、男の子が生れました。 けれども、そんなふうに家がひどく貧乏だものですから、人がいやがって、だれもその子の名附親・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
出典:青空文庫