一 石の階段を上って行くと広い露台のようなところへ出た。白い大理石の欄干の四隅には大きな花鉢が乗っかって、それに菓物やら花がいっぱい盛り上げてあった。 前面には湖水が遠く末広がりに開いて、かすか・・・ 寺田寅彦 「夢」
・・・い日の午過食後の運動がてら水仙の水を易えてやろうと思って洗面所へ出て、水道の栓を捩っていると、その看護婦が受持の室の茶器を洗いに来て、例の通り挨拶をしながら、しばらく自分の手にした朱泥の鉢と、その中に盛り上げられたように膨れて見える珠根を眺・・・ 夏目漱石 「変な音」
・・・語りたいテーマが、職場や人生そのものがそうであるようにそれぞれの人物の特徴のある動き、ふん囲気をとおし、かたまったり散ったり、考えたり行動したりする人間と歴史のからみ合いの中に盛り上げられてゆく面白さこそ、リアルであって、しかも平板な現実の・・・ 宮本百合子 「『労働戦線』小説選後評」
・・・と云って、奥さんは雪が火を活けて、大きい枠火鉢の中の、真っ白い灰を綺麗に、盛り上げたようにして置いて、起って行くのを、やはり不安な顔をして、見送っていた。邸では瓦斯が勝手にまで使ってあるのに、奥さんは逆上せると云って、炭火に当っているのであ・・・ 森鴎外 「かのように」
温泉宿から皷が滝へ登って行く途中に、清冽な泉が湧き出ている。 水は井桁の上に凸面をなして、盛り上げたようになって、余ったのは四方へ流れ落ちるのである。 青い美しい苔が井桁の外を掩うている。 夏の朝である。 ・・・ 森鴎外 「杯」
出典:青空文庫