・・・と思うと肩の上へ目白押しに並んだ五六人も乗客の顔を見廻しながら、天国の常談を云い合っている。おや、一人の小天使は耳の穴の中から顔を出した。そう云えば鼻柱の上にも一人、得意そうにパンス・ネエに跨っている。…… 自働車の止まったのは大伝馬町・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・やっと隧道を出たと思う――その時その蕭索とした踏切りの柵の向うに、私は頬の赤い三人の男の子が、目白押しに並んで立っているのを見た。彼等は皆、この曇天に押しすくめられたかと思う程、揃って背が低かった。そうして又この町はずれの陰惨たる風物と同じ・・・ 芥川竜之介 「蜜柑」
・・・ただ、まわりに立っている給仕たちは、あの時の生徒と反対に、皆熱心な眼を輝かせて、目白押しに肩を合せながら、慌しい先生の説明におとなしく耳を傾けている。 自分は鏡の中のこの光景を、しばらく眺めている間に、毛利先生に対する温情が意識の表面へ・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・そこで三人は蓆屋根の下にはいりながらも、まだ一本の蛇の目を頼みにして、削りかけたままになっている門柱らしい御影の上に、目白押しに腰を下しました。と、すぐに口を切ったのは新蔵です。「お敏、僕はもうお前に逢えないかと思っていた。」――こう云う内・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ 腕を組んで漫歩する紳士が、枝に止まった小鳥のように目白押しする彼等の、その真正面で、ペッと地面に不作法な唾を吐く―― 其でも彼等は体を揺って、ハハと笑う、ハハと笑う…… 皆が侮る黒坊、泣いても笑っても、白くは成れない黒坊…・・・ 宮本百合子 「一粒の粟」
出典:青空文庫