・・・これには勇み立った遠藤も、さすがに胆をひしがれたのでしょう、ちょいとの間は不思議そうに、あたりを見廻していましたが、忽ち又勇気をとり直すと、「魔法使め」と罵りながら、虎のように婆さんへ飛びかかりました。 が、婆さんもさるものです。ひ・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・聞けば南蛮寺の神父の医方は白癩さえ直すと云うことである。どうか新之丞の命も助けて頂きたい。………「お見舞下さいますか? いかがでございましょう?」 女はこう云う言葉の間も、じっと神父を見守っている。その眼には憐みを乞う色もなければ、・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・蛇行して達しうる人間の実際の方向を、直線によって描き直すことである。もし社会主義の思想が真理であったとしても、もし実行という視角からのみ論ずるならば、その思想の実現に先だって、多くの中間的施設が無数に行なわれねばならぬ。いわゆる社会政策と称・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・居ずまいを直す。そして何事とも分からぬらしく、あたりを見廻す。この時熱を煩っているように忙しい為事が始まる。白い革紐は、腰を掛けている人をらくにして遣ろうとでもするように、巧に、造作もなく、罪人の手足に纏わる。暫くの間、獄丁の黒い上衣に覆わ・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・ その気で、席へ腰を掛直すと、口を抜こうとした酒の香より、はッと面を打った、懐しく床しい、留南奇がある。 この高崎では、大分旅客の出入りがあった。 そこここ、疎に透いていた席が、ぎっしりになって――二等室の事で、云うまでもなく荷・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・と、聞直すようにしたが、忽ち唇の薄笑。「ははあ、御同伴の奥さんがお待兼ねで。」「串戯じゃない。」 と今度は穏かに微笑んで、「そんなものがあるものかね。」「そんなものとは?」「貴下、まだ奥様はお持ちなさりませんの。」・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・またお箸の手が違ったよといえば、すぐ右に直すけれど、少しするとまた左に持つ。しばしば注意して右に持たせるくらいであるから、飯も盛んにこぼす。奈々子は一年十か月なれど、箸持つ手は始めから正しい。食べ物に着物をよごすことも少ないのである。姉たち・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・ 一度冠を曲げたら容易に直す人でないのを知ってるからその咄はそれ切り打切とした。が、万一自分が鴎外に先んじたらこの一場の約束の実現を遺言するはずだったが、鴎外が死んでしまったのでその希望も空しくなった。これは数年前、故和田雲邨翁が新収稀・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・お話のなかに、自然とそれを自得して直すように、面白く語られるうちにも用意を忘れません。真に、愛がなくてはできぬことです。そして、この教化は、小さき者達に、果して将来幾何の効果をもたらしたでありましょうか。 私が、もし、童話を子供達に向っ・・・ 小川未明 「童話を書く時の心」
・・・すると、お父さんが、「左ききを無理に右ききに直すと、盲になるとか、頭が悪くなるとか、新聞に書いてあったよ。だから、しぜんのままにしておいたほうがいいのじゃないか。」と、おっしゃいました。 こう、話が二つにわかれると、正ちゃんは、いっ・・・ 小川未明 「左ぎっちょの正ちゃん」
出典:青空文庫