・・・――この乾物屋と直角に向合って、蓮根の問屋がある。土間を広々と取り、奥を深く、森と暗い、大きな家で、ここを蓮根市とも呼ぶのは、その故だという。屋の棟を、うしろ下りに、山の中腹と思う位置に、一朶の黒雲の舞下ったようなのが、年数を知らない椎の古・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・他の一つはその仮作物語と実社会と直角的に交叉線をなして居る、――物語そのものは垂直線をなして居るのであります。並行線をなして居るのは、作者の思想や感情や趣味が当時の実社会と同じであるところより生じ、交叉線をなすのは作者の思想感情趣味が当時の・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・ 私と直角に、こたつに足を突込んで寝ているようである。「いや、寒くない。」 私は上半身を起して、「窓から小便してもいいかね。」 と言った。「かまいませんわ。そのほうが簡単でいいわ。」「キクちゃんも、時々やるんじゃ・・・ 太宰治 「朝」
・・・と云うので、教えられたままにそこから直角に曲って南へ正しい街道を求めながら人気の稀な多摩の原野を疾走した。広大な松林の中を一直線に切開いた道路は実に愉快なちょっと日本ばなれのした車路で、これは怪我の功名意外の拾い物であった。 帰路は夕日・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・ 今唇の前後の方向の位置をXで表わし、唇の開きをYで表わすとるると、イエアオウと順に発音する場合にXYで表わされる直角坐標図の上の曲線はざっと半円形のようなものになる。次にXYの面に垂直なZ軸の方向に時間を取る。そうすると色々の母音を順・・・ 寺田寅彦 「歌の口調」
・・・最後の場面ではこの兵士の行列は前とは直角だけ回転している。すなわち観客を背にして遠い砂漠の果ての地平線に向かって進行する。そうする事によってこのドラマの行く手の運命の茫漠たる事を暗示している。そうして観客の眼前でこの行列とそれに従うヒロイン・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ その他の曲にはなかなか複雑な仕組みのものもあったが、たとえば大小の弦楽器が多くは大小の曲線の曲線的運動で現わされ真鍮管楽器が短い直線の自身に直角な衝動的運動で現わされたり、太鼓の音が画面をいっさんに駆け抜ける扇形の放射線で現わされたり・・・ 寺田寅彦 「踊る線条」
・・・その杯状のものの横腹から横向きに、すなわち茎と直角の方向に飛び出している浅緑色の袋のようなものがおしべの子房であるらしく、その一端に柱頭らしいものが見える。たいていの花では子房が花の中央に君臨しているものと思っていたのに、この植物ではおしべ・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・言う事が直角だけちがう。しかし、ちょっとニコルを回してみれば敵の言いぶんは了解されよう。かたよらぬ自然光で照らせば妙なブラッシの幽霊などは忽然と消滅するであろう。「心境の変化」で左翼が右翼にまた右翼が左翼に「転向」するのも、畢竟は思想のニコ・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・少しあるくと道は突然中断されて、深い掘割が道と直角に丘の胴中を切り抜いていた。向うに見える大きな寺がたぶん総持寺というのだろう。 松林の中に屋根だけ文化式の赤瓦の小さな家の群があった。そこらにおむつが干したりしてあるが、それでもどこかオ・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫