・・・そして尚ボードレエルの言うように、僕もまたそのように、都会の雑沓の中をうろついたり、反響もない読者を相手にして、用にも立たぬ独語などをしゃべって居る。 町へ行くときも、酒を飲むときも、女と遊ぶときも、僕は常にただ一人である。友人と一緒に・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・処が、私の、今の今まで「此世の中で俺の相手になんぞなりそうな奴は、一人だっていやしないや」と云う私の観念を打ち破って、私を出し抜けに相手にする奴があった。「オイ、若けえの」と、一人の男が一体どこから飛び出したのか、危く打つかりそうになるほど・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・新造衆なんか相手にしたッて、どうなるもんかね」 小万は上の間に来て平田の前に座ッた。 平田は待ちかねたという風情で、「小万さん、一杯献げようじゃアないかね」「まアお熱燗いところを」と、小万は押えて平田へ酌をして、「平田さん、今晩・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・こう言い掛けて相手を見た。 爺いさんは膝の上に手を組んで、その上に頭を低く垂れている。 一本腕はさらに語り続けた。「いやはや。まるで貧乏神そっくりと云う風をしているなあ。きょうは貰いがなかったのかい。おれだっておめえと同じ事だ。まず・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・氏もすでに知る如く、創立のその時より実学を勉め、西洋文明の学問を主として、その真理原則を重んずることはなはだしく、この点においては一毫の猶予を仮さず、無理無則、これ我が敵なりとて、あたかも天下の公衆を相手に取りて憚るところなく、古学主義の生・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・さて、当り前なら手紙の初めには、相手の方を呼び掛けるのですが、わたくしにはあなたの事を、どう申上げてよろしいか分かりません。「オオビュルナン様」では余りよそよそしゅうございます。「尊い先生様」では気取ったようで厭でございます。「愛する友よ」・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・君が僕と共にしたのは、夜昼とない無意味の対話、同じ人との交際、一人の女を相手にしての偽りの恋に過ぎぬ。共にしたとはいうけれど、譬えば一家の主僕がその家を、輿を、犬を、三度の食事を、鞭を共にしていると変った事はない。一人のためにはその家は喜見・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・何にしろ相手があるのだから責任が重いように思われて張合があった。判者が外の人であったら、初から、かぐや姫とつれだって月宮に昇るとか、あるいは人も家もなき深山の絶頂に突っ立って、乱れ髪を風に吹かせながら月を眺めて居たというような、凄い趣向を考・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・そしてしばらくだれか遊ぶ相手がないかさがしているようでした。けれどもみんなきょろきょろ三郎のほうはみていても、やはり忙しそうに棒かくしをしたり三郎のほうへ行くものがありませんでした。三郎はちょっと具合が悪いようにそこにつっ立っていましたが、・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・そして漂然としたような話しぶりの裡に、敏感に自分の動きを相手との間から感じとってゆこうとする特色も初対面の印象に刻まれた。丁度どこかへ出かけるときで、小熊さんも一緒に程なく家を出た。 それから何年経っただろう。次ぎに小熊さんに会ったのは・・・ 宮本百合子 「旭川から」
出典:青空文庫