・・・夫婦さし向いで食事して居るの、年よりと子供が炬燵に当って居るの。真白い布団に真赤なしかけを着た遊女が一人横になって居るのまで。きれいで可笑しい、何だか。すると、その船頭のような男が「ああして置いてよっぽど人が入るようになりました、こしら・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・不図前方を見たら、白髪を垂れたリャザーノフが、真白いハンケチをだして禿をふいていた。 汗かいたのだろうか…… わたしは思わず微笑した。〔一九三一年三、四月〕 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・ 木蓮の木の下に籐椅子をすえて千世子が居るのを見つけた。 ゆるく縞の着物の衿をかき合わせて「ひざ」の上に小さい詩集をのっけて上を向いてうたって居た。 唇がまっかに見えた。 真白い「あご」につづいてふくらんだ喉のあたりから声が・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・すっかり隣りの坐席の男に肩をもたせこむような恰好をして睡り込んでいる。真白い毛糸の首巻から、陽やけのした、今は上気せている顔が強い対照をなしている。奥の方の男は、眠っているうちに段々そうなったという風で、窮屈そうにやはりインバネスの大きい肩・・・ 宮本百合子 「東京へ近づく一時間」
・・・ ところで「労働宮」の半地下室へ降りて行って見て私はびっくりした。これはさながら最新式の欧州航路の汽船の内部のようだ。 真白いエナメル塗の椅子がいくつも並んだ清潔至極な理髪室がある。 大きい大きいニッケル湯沸しの横に愛嬌のいい小・・・ 宮本百合子 「ドン・バス炭坑区の「労働宮」」
・・・こうした生々した様子になると、赤茶色の水気多い長々と素なおな茎を持った菱はその真白いささやかな花を、形の良い葉の間にのぞかせてただよう。 夕方は又ことに驚くべき美くしさを池の面と、山々、空の広いはてが表わす。 暑い日がやや沈みかけて・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・老近侍は一人はなれて反対の側に立つ。小さい旗をもつ二人が先ず姿を見せる。大きく煙の立つたいまつをもった男二人、二十人ほどの武士のあとから飾りたてた白馬に乗った法王が現る。真白い外套が長く流れてひげも眉も白い。頸から金の十字架がか・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
今、奈良から帰ったばかりなので、印象の新らしい故か、第一番に此処が頭に浮びました。朴の木の花。鉄砲百合。フリージア。真白いものか、暗いほど濃い紅の花などがすきです。段々に変って行く最中なので、はっきりは申されません。・・・ 宮本百合子 「花、土地、人」
・・・どんなによごれていても、それなりで真白い敷布の中へでも入る。今も獣のように泥でよごれた足の裏のままずかずか縁側に上った。「お茶もっといで」 お茶が来た。「お茶菓子もっといで」 幸雄は、「石川、お菓子おあがりよ」とすす・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・「内には真白い間が一間ございますの。思って御覧あそばせ。壁が極く明るい色に塗ってありますものですから、どんな時でも日が少しばかりは、その壁に残っていないという事はございませんの。外は曇って鼠色の日になっていましても、壁には晴れた日の色が・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
出典:青空文庫