・・・皿の破れる音、椅子の倒れる音、それから、波の船腹へぶつかる音――、衝突だ。衝突だ。それとも海底噴火山の爆発かな。 気がついて見ると、僕は、書斎のロッキング・チェアに腰をかけて St. John Ervine の The Critics ・・・ 芥川竜之介 「MENSURA ZOILI」
・・・喉も裂け破れる一声に、全身にはり満ちた力を搾り切ろうとするような瞬間が来た。その瞬間にクララの夢はさめた。 クララはアグネスの眼をさまさないようにそっと起き上って窓から外を見た。眼の下には夢で見たとおりのルフィノ寺院が暁闇の中に厳かな姿・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・又お前たちを見る事によって自分の心の破れるのを恐れたばかりではない。お前たちの清い心に残酷な死の姿を見せて、お前たちの一生をいやが上に暗くする事を恐れ、お前たちの伸び伸びて行かなければならぬ霊魂に少しでも大きな傷を残す事を恐れたのだ。幼児に・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・…… 八 台所と、この上框とを隔ての板戸に、地方の習慣で、蘆の簾の掛ったのが、破れる、断れる、その上、手の届かぬ何年かの煤がたまって、相馬内裏の古御所めく。 その蔭に、遠い灯のちらりとするのを背後にして、お納・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・時に、尉官は苦と叫ぶと見えし、お通が髷を両手に掴みて、両々動かざるもの十分時、ひとしく地上に重り伏せしが、一束の黒髪はそのまま遂に起たざりし、尉官が両の手に残りて、ひょろひょろと立上れる、お通の口は喰破れる良人の咽喉の血に染めり。渠はその血・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・今蔵々々と母は逃げながら自分を呼ぶ、自分は飛び込んで母を助けようとすると、一人の兵が自分を捉えて動かさない……アッと思うとこの空想が破れる。 自分が百円持って銀行に預けに行く途中で、掏児に取られた体にして届け出よう、そう為ようと考がえた・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・溝にでも落ると石崖の角で腹が破れるだろう。そういうことになると、家の方で困るんだが……。 問題が解決するまで、これからなお一年かゝるか二年かゝるか分らないが、それまでともかく豚で生計を立てねばならなかった。豚と云っても馬鹿にはならない。・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・とたんに、群集のバンザイが、部屋の障子が破れるばかりに強く響いた。 皇太子殿下、昭和八年十二月二十三日御誕生。その、国を挙げてのよろこびの日に、私ひとりは、先刻から兄に叱られ、私は二重に悲しく、やりきれなくていたのである。兄は、落ちつき・・・ 太宰治 「一燈」
・・・約束を平気で破れるほど、そんなに強い男爵ではなかった。 九時に新橋駅で、小さいとみを捜し出して、男爵は、まるで、口もきかずに、ずんずん歩いた。とみは、ほとんど駈けるようにしてそのあとを追いながら、右から左から、かれの顔を覗き込んでは、際・・・ 太宰治 「花燭」
・・・大慶なり。破れるほどの喝采にて、またもわれら同業者の生活をおびやかす下心と見受けたり。おめでとう。『英雄文学』社のほうへ送った由、も少し稿料よろしきほうへ送ったらよかったろうに。でも、まあ、大みそか、お正月、百円くらい損してもいいから、一日・・・ 太宰治 「虚構の春」
出典:青空文庫