・・・その前日、新宿の百貨店へ行って結納のおきまりの品々一式を買い求め、帰りに本屋へ立寄って礼法全書を覗いて、結納の礼式、口上などを調べて、さて、当日は袴をはき、紋附羽織と白足袋は風呂敷に包んで持って家を出た。小坂家の玄関に於いて颯っと羽織を着換・・・ 太宰治 「佳日」
・・・しかも自然天然に発展してきた風俗を急に変える訳にいかぬから、ただ器械的に西洋の礼式などを覚えるよりほかに仕方がない。自然と内に醗酵して醸された礼式でないから取ってつけたようではなはだ見苦しい。これは開化じゃない、開化の一端とも云えないほどの・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・ 中 その頃の余は西洋の礼式というものを殆んど心得なかったから、訪問時間などという観念を少しも挟さむ気兼なしに、時ならず先生を襲う不作法を敢てして憚からなかった。ある日朝早く行くと、先生は丁度朝食を認めている最中・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・ただ私はお客である、あなたがたは主人である、だからおとなしくしなくてはならない、とこう云おうとすれば云われない事もないでしょうが、それは上面の礼式にとどまる事で、精神には何の関係もない云わば因襲といったようなものですから、てんで議論にはなら・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・こいつはもうまるで野蛮なんです。礼式も何も知らないのです。実際私はいつでも困ってるんですよ」 軽便鉄道のシグナレスは、まるでどぎまぎしてうつむきながら低く、「あら、そんなことございませんわ」と言いましたがなにぶん風下でしたから本線の・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
・・・ ルシアン・ルーヴェンのブルジョア性として正統派 エゴイスト 礼式ずくめ、過去への執着と、猛烈な共和派を見ている。スタンダールの内面は、いろんな万華鏡で何人かのルシアンにあらわされている。〔欄外に〕 ルシアン・ソレルがは・・・ 宮本百合子 「「緑の騎士」ノート」
出典:青空文庫