・・・私たちは去り行きたる人々のために祈るより他はない気がする。私の夜空を眺めるとき、あの空に散りばめた星と星との背後に透視画的の運命のつながりがあり、それが私たち地上の別れた哀れな人間たちの運命の絆を象徴しているのではあるまいかというようなこと・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・というのは、祇尼天を祈る道法成就ということで、志一という僧はその法で「ふしぎども現じける」ものである。これで当時外法と呼んだものは祇尼天法であることが知れる。けだし外法は平安朝頃から出て来たらしい。 狐つかいは同じく祇尼法であるか知れぬ・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・ない、時には自分は土を相手に戦いながら父のことを思って涙ぐむことがあるとしたところもあり、その中にはまた、父もこの家を見ることを楽しみにして郷里の土を踏むような日もやがて来るだろう、寺の鐘は父の健康を祈るかのように、山に沈む夕日は何かの深い・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・と、喫驚、叫ばせてやることが出来ますように、と祈るのでした。 ああ、考えても御覧なさい。若しスバーが水のニムフであったなら、彼女は、蛇の冠についている宝玉を持って埠頭へと、静かに川から現れたでしょうに、そうなると、プラタプは詰らない・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・トイレットへはいって、扉をきちんとしめてから、ちょっと躊躇して、ひたと両手合せた。祈る姿であった。みじんも、ポオズでなかった。 水上駅に到着したのは、朝の四時である。まだ、暗かった。心配していた雪もたいてい消えていて、駅のもの蔭に薄鼠い・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・「なんじら祈るとき、偽善者の如くあらざれ。彼らは人に顕さんとて、会堂や大路の角に立ちて祈ることを好む。」ちゃんと指摘されています。 君の手紙だって同じ事です。君は、君自身の「かよわい」善良さを矢鱈に売込もうとしているようで、実にみっとも・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ 屋上で神に祈る土人の歌謡、カバレでりんごを売る女の唱歌、それらもおもしろくない事はない。また女の捨てばちな気分を表象するようにピアノの鍵盤をひとなでにかき鳴らしたあとでポツンと一つ中央のCを押すのや、兵士が自分で投げた団扇を拾い上げよ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 公爵のシャトーの中のかび臭い陰気な雰囲気を描くためにいろいろな道具が使われているうちに、姫君の伯母三人のオールドミスが姫君の病気平癒を祈る場面がある。それが巫女の魔法を修する光景に形どって映写されているようであるが、ここの伴奏がこれに・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
・・・「とこしへに民安かれと祈るなる吾代を守れ伊勢の大神」。その誠は天に逼るというべきもの。「取る棹の心長くも漕ぎ寄せん蘆間小舟さはりありとも」。国家の元首として、堅実の向上心は、三十一文字に看取される。「浅緑り澄みわたりたる大空の広きをおのが心・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・「うれしきものに罪を思えば、罪長かれと祈る憂き身ぞ。君一人館に残る今日を忍びて、今日のみの縁とならばうからまし」と女は安らかぬ心のほどを口元に見せて、珊瑚の唇をぴりぴりと動かす。「今日のみの縁とは? 墓に堰かるるあの世までも渝らじ」・・・ 夏目漱石 「薤露行」
出典:青空文庫