・・・わたしは或批評家の代表する一団の天才に敬服した余り、どうも多少ふだんよりも神経質になったようであります。同上 再追加広告 前掲の追加広告中、「或批評家の代表する一団の天才に敬服した」と言うのは勿論反語と言うものであります・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・「Sさんは神経質でいらっしゃるでしょう?」「ええ、まあ神経質と云うのでしょう。」「人ずれはちっともしていらっしゃいませんね。」「それは何しろ坊ちゃんですから、……しかしもう一通りのことは心得ていると思いますが。」 僕はこ・・・ 芥川竜之介 「手紙」
・・・僕は今不眠症にも犯されていず、特別に神経質にもなっていない。これだけは自分に満足ができる。 ただし蟄眠期を終わった僕がどれだけ新しい生活に対してゆくことができるか、あるいはある予期をもって進められる生活が、その予期を思ったとおりに成就し・・・ 有島武郎 「片信」
・・・ だが、極めて神経質で、学徳をも人格をも累するに足らない些事でも決して看過しなかった。十数年以往文壇と遠ざかってからは較や無関心になったが、『しがらみ草紙』や『めざまし草』で盛んに弁難論争した頃は、六号活字の一行二行の道聴塗説をさえも決・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・ 三十前後の、ヒョロヒョロと痩せて背の高い、放心したような表情の男だったが、眉には神経質らしい翳があり、こういう男はえてして皮肉なのだろうか。「ほな、何弁を使うたらいいねン……?」「詭弁でも使うさ」 男はひとりごとのように、・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・敏感な神経質な子だから、彼はどうかすると泣きたがる。それが、泣くのが自然であるかもしれないが、私は非常に好かないのだ。凶暴な人間が血を見ていっそう惨虐性を発揮するように、涙を見ると、私の凶暴性が爆発する。Fの涙は、いつの場合でも私には火の鞭・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・吉田はまた猫のことには「こんなことがあるかもしれないと思ってあんなにも神経質に言ってあるのに」と思って自分が神経質になることによって払った苦痛の犠牲が手応えもなくすっぽかされてしまったことに憤懣を感じないではいられなかった。しかし今自分は癇・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・北村君と阿母さんとの関係は、丁度バイロンと阿母さんとの関係のようで、北村君の一面非常に神経質な処は、阿母さんから伝わったのだ。それに阿母さんという人が、女でも煙草屋の店に坐って、頑張っていようという人だから、北村君の苛々した所は、阿母さんに・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・おれはこれでも神経質なんだ。鼻先でケツネのへなどやらかされて、とても平気では居られねえ」などそれは下劣な事ばかり、大まじめでいって罵り、階下で赤子の泣き声がしたら耳ざとくそれを聞きとがめて、「うるさい餓鬼だ、興がさめる。おれは神経質なんだ。・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・君が神経質になり過ぎているものとしか、僕には考えられない。君が僕に友情を持っていてくれるのなら、君こそ、そういう小さなことを、悪く曲解する必要はないではないか。尤も、君が痛罵したような態度を、平生僕がとっているとすれば、僕は反省しなければな・・・ 太宰治 「虚構の春」
出典:青空文庫