・・・ここで主人の云ったのは、それは浮島禅師、また桃園居士などと呼ばれる、三島沼津を掛けた高持の隠居で。……何不足のない身の上とて、諸芸に携わり、風雅を楽む、就中、好んで心学一派のごとき通俗なる仏教を講じて、遍く近国を教導する知識だそうである。が・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・牛島の弘福寺といえば鉄牛禅師の開基であって、白金の瑞聖寺と聯んで江戸に二つしかない黄蘗風の仏殿として江戸時代から著名であった。この向島名物の一つに数えられた大伽藍が松雲和尚の刻んだ捻華微笑の本尊や鉄牛血書の経巻やその他の寺宝と共に尽く灰とな・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・それは九月の十五日の事でございましたが御落飾がおすみになってから、尼御台さまに連れられて将軍家へ御挨拶に見えられ、私はその時はじめて此の禅師さまにお目にかかったというわけでございましたが、一口に申せば、たいへん愛嬌のいいお方でございました。・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・ただ心持色が白くなったのと、年のせいか顔にどこか愛嬌がついたのが自分の予期と少し異なるだけで、他は昔のままのS禅師であった。「私ももう直五十二になります」 自分は老師のこの言葉を聞いた時、なるほど若く見えるはずだと合点が行った。実を・・・ 夏目漱石 「初秋の一日」
・・・昔、融禅師がまだ牛頭山の北巌に棲んでいた時には、色々の鳥が花を啣んで供養したが、四祖大師に参じてから鳥が花を啣んで来なくなったという話を聞いたことがある。宗教の智は智その者を知り、宗教の徳は徳その者を用いるのである。三角形の幾何学的性質を究・・・ 西田幾多郎 「愚禿親鸞」
・・・その句、行き/\てこゝに行き行く夏野かな朝霧や杭打つ音丁々たり帛を裂く琵琶の流れや秋の声釣り上げし鱸の巨口玉や吐く三径の十歩に尽きて蓼の花冬籠り燈下に書すと書かれたり侘禅師から鮭に白頭の吟を彫る秋風の呉人・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・佐野さんは親が坊さんにすると云って、例の殺生石の伝説で名高い、源翁禅師を開基としている安穏寺に預けて置くと、お蝶が見初めて、いろいろにして近附いて、最初は容易に聴かなかったのを納得させた。婿を嫌ったのは、佐野さんがあるからの事であった。安穏・・・ 森鴎外 「心中」
出典:青空文庫