・・・ 民衆 民衆は穏健なる保守主義者である。制度、思想、芸術、宗教、――何ものも民衆に愛される為には、前時代の古色を帯びなければならぬ。所謂民衆芸術家の民衆の為に愛されないのは必ずしも彼等の罪ばかりではない。 又・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・例えば左にも右くにも文部省が功労者と認めて選奨した坪内博士、如何なる偏見を抱いて見るも穏健老実なる紳士と認めらるべき思想界の長老たる坪内氏が、経営する文芸協会の興行たる『故郷』の上場を何等の内論も質問もなく一令を下して直ちに禁止する如き、恰・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・在来のいわゆる穏健な異端でない画に対して吾人が不合理を感じないのは、そこに不合理がないという証拠では毛頭ない。ただそこには何らの新しい不合理を示していないというだけである。そしてこれは間接には畢竟新しい何物をも包んでいない事を暗示するのであ・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・第二のは、チーズやバターやミルク、それから卵などならば、まあものの命をとるというわけではないから、さし支えない、また大してからだに毒になるまいというので、割合穏健な考であります。第三は私たちもこの中でありますが、いくら物の命をとらない、自分・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・彼のこの考えは、まことに穏健な常識であるというほかの何でもあり得ない。 だけれども、ローレンスは二十年昔の社会の多くの目から、度はずれな男、秩序を破壊しようとしている人物として見られ、一種のけもののような生活に追われたのは何故であったろ・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・ 日本びいきといわれているヨーロッパ人の日本らしさを愛し支持する心持の表現を、一般の常識あり且つ穏健な日本人が時に苦笑をもって迎えなければならないことがある。日本の美といえば京都、奈良、お濠の景色というのは、ものを知らない観光客だけでは・・・ 宮本百合子 「中国に於ける二人のアメリカ婦人」
・・・ 今になって考えれば、理想主義的現実主義とでも云うべき先生の思想は至極穏健なものであった。 それでさえ、当時は、やや異端であったのだから、驚く。 先生の境遇は、感情的な偏見と、名誉慾に古びた女性の集団に挾まって、その時分も、かな・・・ 宮本百合子 「弟子の心」
・・・そこで穏健な思想家が出来る。ドイツにはこう云う立脚地を有している人の数がなかなか多い。ドイツの強みが神学に基づいていると云うのは、ここにある。秀麿はこう云う意味で、ハルナックの人物を称讃している。子爵にも手紙の趣意はおおよそ呑み込めた。・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・さ程深くもなかった交が絶えてから、もう久しくなっているが、僕はあの人の飽くまで穏健な、目前に提供せられる受用を、程好く享受していると云う風の生活を、今でも羨ましく思っている。蔀君は下町の若旦那の中で、最も聡明な一人であったと云って好かろう。・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・家老は大将のこの性格をはばかって、その主張しようとする穏健な意見を、十分に筋を通して述べることができぬ。したがって不徹底、因循に見える。大将はそれを不満足に感ずる。そのすきにつけ込んで、野心のある侍が、大将の機に合うような強硬意見を持ち出す・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫