・・・亜麻色の濃い髪を垂れ、赤い羽二重の寛衣をつけた人形は、わざとらしい桃色の唇に永劫変らない微笑を泛べ、両手をさし延して何かを擁き迎えようとしながら、凝っと暗い空洞の眼を前方に瞠っているのだ。 千代は、越後の大雪の夜、帰らない飲んだくれの父・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・と云った小川の声は、小さく、異様に空洞に響いた。「うん。よすよよすよ。もうおしまいになったじゃないか。なんでもその女には折々土人が食物をこっそり窓から運んでいたのだ。女はそれを夜なかに食ったり、甑の中へ便を足したりすることになっていたの・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・しかるにこの眼は、そういう形づけを受けず、そばで見れば粗雑に裏までくり抜いた空洞の穴に過ぎないのであるが遠のけば遠のくほどその粗雑さが見えなくなり、魂の窓としての眼の働きが表面へ出てくる。それが異様な生気を現わしてくるゆえんなのである。眼に・・・ 和辻哲郎 「人物埴輪の眼」
出典:青空文庫