・・・同時に大勢の兵たちも、声のない号令でもかかったように、次から次へと立ち直り始めた。それはこの時彼等の間へ、軍司令官のN将軍が、何人かの幕僚を従えながら、厳然と歩いて来たからだった。「こら、騒いではいかん。騒ぐではない。」 将軍は陣地・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ と、知っていたのか、簡単に皮肉られて、うろたえ、まる三日間二人掛りで看病してやったが、実は到頭中風になってしまっていた婆さんの腰が、立ち直りそうにもなかった。「――これももと言うたら、あんたらがわてをこき使うたためや」 と、お・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・しばらくはわが足に纏わる絹の音にさえ心置ける人の、何の思案か、屹と立ち直りて、繊き手の動くと見れば、深き幕の波を描いて、眩ゆき光り矢の如く向い側なる室の中よりギニヴィアの頭に戴ける冠を照らす。輝けるは眉間に中る金剛石ぞ。「ランスロット」・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・欲ばってのことなら、たとえへまをやってもきっと、何か得て立ち直りますからね。ほんの一寸した経験でも。時間を充実させる術をしっかり身につけたら、もうその人は人生の達人と云うべきでしょう。私なんか、まだ、どっちかというと、平凡に忙しがっている平・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 今日は既にプロレタリア文学の領域においても、ブルジョア・インテリゲンツィア作家たちの間にあっても、その一時的後退からの立ち直りの徴が顕著に認められて来ているが、オノレ・ド・バルザックの作品の大群は抑々以上のような雰囲気の裡に甦らされて・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・林房雄は作品に対する批判をまともに摂取し、プロレタリア前衛としての日常生活によって速かに立ち直り、抑圧そのものの形態として存在する読書制限による敵の重圧の痕跡を癒さなければならぬ。ボルシェビキ作家として発展することを、階級的抗議として敵の面・・・ 宮本百合子 「文学に関する感想」
・・・という気持に立ち直り、允子は兄の結婚を動機に、医学の勉強をはじめる。允子は自分を一本の牛乳瓶にたとえ、それが一寸した心の動乱で「ひっくりかえらないようにするためには下に重い金の枠をはめる必要がある。むずかしい学問は、むずかしい職業は、いわば・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
出典:青空文庫